フリーマーケットアプリの「メルカリ 」と、古本買取販売の「BOOKOFF(ブックオフ) 」は比較されることの多いケースの一つです。
なぜみんなブックオフに本を売らずに、メルカリで売るのかと聞けば「メルカリの方が高く売れるから」と即答されると思います。
じゃあなんで高く売れるのかと言えば手数料が少ないからなんですが、今回はその辺りのことをWTP(支払意思額)とWTS(売却意思額)という経営学の考え方で説明してみようと思います。
WTP(支払意思額)とWTS(売却意思額)
経営学の考え方に、WTP(Willingness to pay:ウィリングネス・トゥ・ペイ)とWTS(Willingness to sell:ウィリングネス・トゥ・セル)というものがあります。日本語ではそれぞれ「支払意思額」と「売却意思額」と訳されます。
ざっくりとした意味は、
- WTP(支払意思額):買い手が「これくらいなら払っていいかな」と思える金額
- WTS(売却意思額):売り手が「これくらいなら売っていいいかな」と思える金額
のことです。
今回の「メルカリ」と「ブックオフ」の例では、
- WTP(支払意思額) → 払える金額
- WTS(売却意思額) → 売りたい金額
と分かりやすい表現に読み替えて説明したいと思います。
支払意思額(WTP)と売却意思額(WTS)の意味と違いを図解
またここでは説明をシンプルにするため、アプリの「メルカリ」と実店舗の「ブックオフ」で書籍を売った場合で話を進めます。
ブックオフのビジネスモデル
ブックオフは実店舗で顧客から本を買い取り、価格をつけて別の顧客に販売します。
ブックオフの利益は「買取金額」と「販売価格」の差額になります。その差額で店舗の賃借料や店員のバイト代、お店の光熱費などなどを毎月支払う必要があります。
顧客としてはブックオフのような古本買取店に本を持ち込むことで、
- 本棚の空きスペースを確保できる
- 不要なものをすぐに現金化できる
- 現金化できなくても処分の手間が省ける
などのメリットが得られます。引き取ってもらえれば、それ以降の所有リスクはゼロです。
Win-Win-Winという理想
ここでは、
- 顧客A:読みたい本を安く買いたい客
- 顧客B:読み終わった本を売りたい客
- 仲介者:ブックオフ
として下の図を見てみましょう。
まずは買取から販売の順で話を進めます。
顧客Bは読み終わった本をブックオフに持ってきました。捨てようと思っていたので、少しでも値段がつけば嬉しいと思っています。そのため顧客Bの売りたい額(つまり顧客BのWTS)は、それほど高くありません。
ここではお店が提示した買取金額(つまり仲介者ブックオフのWTP)が、顧客Bの売りたい金額を上回っていたので買取が成立しました。顧客Bは自分が売ってもいいと思っていた額より高く売れたので「得をした」と感じます。一方でお店は顧客Bの売りたい額は知らなかったので、もっと低い買取価格でも買い取れたかもしれません。その差額はブックオフの損(つまり仲介者の損失)と言えます。
本を買い取ったブックオフは、お店の運営費を捻出するための利益が必要です。そのため買い取った金額に、必要な利益を上乗せして販売価格(つまり仲介者ブックオフのWTS)を決めます。
本を安く買いたい顧客Aがお店にやってくると、読みたかった本が定価より安く売られていました。顧客Aは定価より安く買えたら良いと思っていたので、顧客Aが払える額(つまり顧客AのWTP)は仲介者の売りたい額(つまりブックオフのWTS)よりも高い状態でした。そのため「得をした」と感じます。しかしもし顧客Aの払える額を仲介者のブックオフが知っていたら、もう少し高い金額でも売れたかもしれません。その差額はブックオフの損(つまり仲介者の損失)と言えます。
こうして一連の取引が終わりました。仲介者のブックオフは、顧客AのWTPや顧客BのWTSがわからないため、価格設定による差額で少し損をしています。しかしその分顧客Aも顧客Bも「得をした」と感じてますし、仲介者ブックオフにも利益が生まれたのでみんなハッピーです。
…ところが現実はそう上手くいきません。
顧客Aも顧客Bもお店に来ることで、仲介者ブックオフの買取価格と販売価格(つまりブックオフのWTPとWTS)を知ってしまうのです。
顧客が損をしたと感じる現実
顧客Aの払える額と顧客Bの売りたい額は、来店前と来店後で変化してしまいます。その来店後の変化を表したのが下の図になります。
本を売りたい顧客Bは、来店前には少しでも値段がつけば良いと思っていました。しかしお店に入ると同じ本が1,000円で売られていることを知ります。
ここで顧客Bの売りたい金額(WTS)が、情報を得たことで変化します。
- 古本が1,000円で売られているなら、この本は700〜800円くらいで買い取ってもらえるんじゃないか?
顧客Bの売りたい額は「少しでも値段がつけばいい」から「700〜800円くらい」まで上がりました。
そして顧客Bが買取コーナーに行くと「買取強化中!買取価格500円」の文字が。顧客Bはしょうがなく本をお店に売りました。しかし顧客Bの売りたい金額(WTS)より得られたお金が少ないので「損をした」と感じます。
同様のことは本を買いたい顧客Aにも起こりました。1,000円で売られている中古本を手にレジに並ぶと、買取コーナーの「買取強化中!買取価格500円」が目に入ります。
ここでも顧客Aの払える価格(WTP)が、情報を得たことで変化します。
- 500円で買い取ったものを1,000円で売ってるのか…700〜800円くらいで売ってくれたらいいのに。
顧客Aの払える額(WTP)は「定価より安ければいい」から「700〜800円くらい」まで下がりました。そのためレジで1,000円を払いながら「損をした」と感じてしまいます。
このようにブックオフとしては利益は出ますが、現実は顧客Aも顧客Bも「損をした」と感じる取引になってしまうこともあります。もちろん全ての取引がこの例に当てはまるわけではありません。しかしこのような出来事が少なくないことは明白です。
問題は情報の非対称性
ここでのいちばんの問題は、
- 買取価格
- 販売価格
を顧客に知られてしまったことです。
顧客Aは買取価格を知らなければWTPは変化しなかったですし、顧客Bも販売価格を知らなければWTSは変化しませんでした。そして変化しなければ「損した」と感じませんでした。
来店前は顧客Aも顧客Bも価格に関する情報は持っておらず、お店側との情報量が違いました。これを経済学や経営学では「情報の非対称性」と呼びます。お店と顧客との情報量が対称(同じ)でなかったため、顧客のWTPやWTSに影響がありませんでした。
しかし顧客は来店したことで情報の非対称性が小さくなり、新しいWTPやWTSを得たのです。
それでも顧客は古本屋でしか売ることができない時代は、不満を抱えながらも受け入れていました。しかし「ヤフオク!」などのネットオークションサイトや「メルカリ」などのフリーマーケットアプリの登場で、状況は徐々に変化します。
新しい技術を使うことによる不安やリスクを乗り越えた人たちから、不満を解消して得することができるようになってきました。
メルカリのビジネスモデル
メルカリは顧客がパソコンやスマートフォンのアプリを通じて、物品を「直接」売り買いすることができるサービスです。
メルカリの手数料は、売価の10%です。売価の最低金額は300円と決まっているので、取引が生じた場合に最低限得られる利益は30円です。メルカリはその利益から、サービスの運営費を捻出します。
顧客としてはメルカリを利用することで、
- 売り手や買い手を見つけやすくなる
- 売り手はWTSに近い金額で販売できる
- 買い手はWTPに近い金額で購入できる
- 金銭の受け渡しリスクが減る
- 匿名での物品の受け渡しが可能になる
などのメリットが得られます。一方で利用者はスマートフォンを持っている必要があり、売買するためには操作方法を覚えなければなりません。また商品が処分できない可能性もあります。梱包や発送作業も顧客自身が行う必要があります。
情報の非対称性がはじめからゼロ
メルカリのビジネスモデルを、先ほどのブックオフの図のように表現したものがこちらです。
メルカリの最も大きな特徴は、情報の非対称性が無いということです。
まず仲介者メルカリの利益と送料は、全ての顧客が知っています。
そして本を買おうとする顧客Aは、
- 過去にいくらで取引が成立しているのか
- 今出品している人のWTSはいくらなのか
という情報を手に入れることができます。過去の情報は「これぐらいの金額なら買えるかも」というWTPの形成に影響します。現在の情報は「メルカリの取り分」と「出品者の取り分」を知ることができます。
そして本を売ろうとする顧客Bも、同じ情報を手にします。過去の情報は「これぐらいの金額なら売れるかも」というWTSの形成に影響します。現在の情報は「メルカリの取り分(販売コスト)」と「自分の取り分」を知ることができます。
本を買いたい顧客Aは、WTPに一番近い販売価格の商品を選ぶだけです。WTPを下回る出品がある場合のみ購入するので、損をした気分にはなりません。本を売りたい顧客Bも、メルカリの手数料を考慮してWTSを考えれば良いので、売れた時には損した気分になりません。
もちろん買いたいものが別の人に購入されてしまったり、誰かが低い価格をつけたために自分が出品したものが売れなかったりと機会を失うこともあります。そういった場合には「損をした」と感じるかもしれません。しかし基本的にはブックオフなどのビジネスモデルに比べて「損をした」と感じることが圧倒的に少ない仕組みだと言えます。
「手数料」はWTSの内側に入る
メルカリのもう一つの特徴は、仲介者の利益が顧客にとって「仲介者の儲け」ではなく「手数料」として受け入れられる点です。
ブックオフの場合も店舗が得られる利益は、販売するための手数料と言えます。しかし店頭で「販売価格」と「買取価格」を提示しているため、顧客にとっては差額がお店の「儲け」と理解されます。そのため売買が成立すれば、顧客は自分が損をしてお店が得をしたと感じます。
一方でメルカリの手数料は、一律10%です。どんな値段をつけても同じ10%であり、売り手の不公平感はありません。さらに配送は配送業者が行いますが、売り手が買い手まで直接届けることは不可能なため、配送手数料にも納得感があります。
このように仲介者が得る利益に、
- 公平感
- 納得感
があるため「仲介者の儲け」ではなく「手数料」として認識してもらえます。
さらにこの「手数料」は売り手のWTSの内側に入れてもらうことができます。WTSの内側に入ってしまえば、それは「仲介者の手数料」ではなく「売るために必要なコスト」の一部となります。このことも顧客に「損をした」と感じさせない原因の一つです。
その結果メルカリは、ブックオフには真似できないWTPとWTSの構造を生み出しました。これがブックオフがメルカリに価格面で太刀打ちできない理由なのです。
WTPとWTSを活かした事例
このブックオフとメルカリのような事例は他にもあります。海外でオンライン配車サービス大手の「Uber(ウーバー)」とタクシー業界の関係がそうです。
Uber(ウーバー)の仕組みを簡単に説明します。
- 移動したい顧客がアプリに目的地を入力する
- 目的地までの費用とクルマの選択肢が表示される
- クルマを選択する
- 迎えにきたクルマに乗る
- 目的地で降りる
要するに移動したい人と、人をクルマで運べる人をマッチングさせるサービスです。
従来のタクシーでは、労働力を売りたい人がタクシー会社の提示する給料(タクシー会社のWTP)で雇われます。タクシー会社は移動したい顧客に対して、移動サービスを一定の価格(タクシー会社のWTS)で提供します。タクシー会社はその差額を儲けとして、会社の運営費用に充てます。
しかしUberはメルカリと同様に、移動を提供できる売り手の手数料として一定額を徴収します。Uberでサービスを提供する運転手は、売り上げから手数料を引いたものを手にすることができます。
タクシー会社は運転手の様々なリスクを軽減しますが、その分利益が必要になるため、移動したい人のWTP(タクシー料金)や労働力を提供したい人のWTS(給与)が満たすにも限度があります。
その限度をテクノロジーで取り払い、WTPとWTSを近づけたのがUberのビジネスモデルです。
ビジネスのヒント
今回のメルカリとブックオフの例では、
- 商品の買い手
- 仲介者
- 商品の売り手
の3者で説明しました。しかしこれを他の立場に置き換えれば、考え方を応用することができます。
例えば、
- 製品の納品先
- メーカー
- 原材料の仕入れ先
にすれば、製造業でWTPとWTSを近づけるビジネスモデルを考えることができるかもしれません。
- サービスの受益者
- 人材紹介会社
- サービスの提供者
にすれば、テクノロジーを間に挟むことでクラウドソーシングのようなビジネスモデルになるかもしれません。
このようにそれぞれの立場を入れ替えて、WTPやWTSがどう変化するかを考えることで、新しいビジネスを生み出すことができるはずです。