61.5億円(シリーズC)の資金調達と大規模顧客への本格対応
2018年7月22日、SmartHRは61.5億円の資金調達 を行いました。
今回の「シリーズCラウンド」の資金調達は、安定して収益が得られるようになった企業が、上場(IPO)を目指して事業の拡大を行うための資金調達です。
ここまで一緒にビジネスモデルを見てきた皆さんであれば、この61.5億円を引き続き何に投資すべきかは一目瞭然ですよね。
プレスリリースでも、
このたび調達した資金は、SmartHRの開発費、SaaS事業において特に重要である人材の採用費・人件費、およびマーケティング費用に投資し、SmartHRの顧客基盤をさらに拡大してまいります。
と語れているように、外側・内側ループの両輪をしっかりと回していくことがわかります。
前回のシリーズBの15億円の調達後は、外側の「顧客のHR業務効率」を改善するループに注力していた印象でした(もちろん、マーケティングにもそれなりの資金を投入しているはずですが「相対的に」という意味です)。
そのため足元が固まった後のシリーズCでは、プロモーションにこれまで以上に力を入れるということかもしれません。
61.5億円の使い方の内訳 については、
結論から言うと「人件費・採用費」と「マーケティング費用」に投資します。比率はおそらく半々くらい。
ということで、ざっくり30億円ずつ投下するようです。
また、
2〜3年で61.5億円を使い切る予定です。前回のシリーズBの15億円も1年半できっちり使い切りました。
とも語っており、倍の期間で倍の投資を行うということは、これまで通りか、それ以上のペースで人材を増やしていくということになります。
更に、人材については「特に投資したい3つのポジション」として、
- カスタマーサクセスを年内2倍に
- エンジニア採用(いま一番のボトルネック)
- グローバル化するコーポレートチーム
を挙げています。
カスタマーサクセスとエンジニアは、外側の「顧客のHR業務効率」を改善するループを回す人材です。一方、グローバル化を推進するコーポレートチームについては、国外の市場で新規顧客を獲得するための布石であり、内側のループを回す人材になるでしょう。
カスタマーサクセスについて宮田氏は、
わかりやすく言うと「年内にカスタマーサクセスを2倍に」します。余剰投資かと思われるかもしれませんが、カスタマーサクセスの増員は顧客満足度の高さへと直結します。そして、顧客満足度の高さは、様々なかたちで事業に良い効果をもたらしてくれます。
と語っている とおり、外側のループを重要視していることがわかります。
大企業を担当するカスタマーサクセスユニットの誕生
シリーズC資金調達後に最初に手をつけたのが、カスタマーサクセス部門の人員増強と再編成です。
こちらの記事 によると、2019年7月に資金調達後にカスタマーサクセスを5名増やし、
- 中小企業を担当するSMB CSMユニット(6名)
- 大企業を担当する Enterprise CSMユニット(8名)
- CSMの活動基盤や運用環境を企画構築する CS Opsユニット(3名)
の合計18名という配置を行いました(残り1名は部門長)。
理由は、
- エンタープライズ領域のお客様の増加が見込まれる
- SMB領域のカスタマーサクセスの属人化がボトルネックになってきた
の2点が挙げられています。
ここで注目したいのが、大企業(エンタープライズ領域)の顧客増加への言及です。
導入企業の増加に伴い、ブランドやサービスの信頼性が向上した結果、誰もが知るような大企業の導入も徐々に増加しており、そのセグメントへの対応が喫緊の課題となっていたというわけです。
ビジネスモデル図解で表現すると以下のとおり。
「導入実績」も増え、「ブランドの信頼性」が向上した結果、大企業の導入も増加傾向(ループ右上)となっているSmartHR。
知名度の高い大企業が継続顧客となり「導入実績」に掲載できれば、「ブランドの信頼性」は一層高まることは間違いありません(内側のループ)。
その一方で、これまでは中小企業への対応が中心だったSmartHRは、大企業への対応はまだまだノウハウ不足です。そのままの体制では、大企業の顧客の「顧客体験」を向上させることは難しい。
もし大企業の顧客が離れてしまえば、「ブランドの信頼性」を醸成する内側のループの回転にブレーキがかかってしまいます。
そこで行ったのが、カスタマーサクセス部門を再編し、大企業を専門に対応するエンタープライズユニットを設置することでした(ループ右下)。
人員配置の変化は以下のとおり。
〜2019年6月 | 2019年7月〜 | |
顧客サポート | 3 | 0 |
中小企業担当 | 6 | 6 |
大企業担当 | 8 | |
企画・分析 | 1 | 3 |
元記事 には「COS(Customer On-boarding Specialist、顧客定着専門家)」「SMB(Small and Medium Business、中小企業)」「Enterprise(大企業)」「Ops(Operations、運営)」など、日常的にあまり目にしない言葉が多く使われていたので、上の表ではわかりやすく書き換えています。
顧客の大半を占める中小企業は、多くのノウハウが蓄積されているため、少ない人数でも対応が可能です。しかし、顧客体験を損なってしまうと継続顧客数の減少につながります。
そこで、
また、お客様のセルフオンボーディングを支援する新たなトレーニングプログラムの構築や、お客様同士で課題を解決できるオンラインコミュニティなども検討していくことになります。
といったように、顧客が自己解決できる仕組みづくりを対応策として打ち出しています。
一方、大企業に対してはまだまだノウハウが少なく、手厚い支援が必要になります。
大企業担当ユニットは8名と多いように感じますが、大企業は中小企業よりも売上高及び利益に占める割合が大きいため、コストをかけても中長期的には十分見合います。
2019年12月には、カスタマーサクセスの関西担当ユニット を立ち上げ、当初は関東中心だった顧客のエリア分布が変化してきたこともわかります。
その後も着実にカスタマーサクセスの採用を増やし、
- 2020年6月:32名
- 2020年12月:36名
となっています。
¥0プランの強化:30名以下の事業者は無料に
上記の施策で、大企業へのサポートを拡大したSmartHRでしたが、もちろん中小企業の導入拡大も怠りません。
2019年10月より、無料で利用可能な「¥0プラン」が従業員30名以下の事業所まで拡大 されることが発表されました。
「¥0プラン」の登場した当初は、上限が5名でしたが、その後10名に拡大し、今回30名が上限となりました。
2016年に登場した「¥0プラン」ですが、徐々に枠を拡大させているということは、
- 新規顧客獲得に効果が高い
- 有料プランの収益性が向上している(大企業含む)
といった要因があるように思います。
先ほどリンクしたプレスリリースでも触れられていますが、日本国内の8割以上の法人が従業員20名以下の小規模事業者です(ただし、人事労務の不要なひとり法人・ひとり親方も多く含みます)。
そのため、国内企業のほとんどを潜在顧客とすることが可能になりました。
なお「¥0プラン」は顧客サポートが受けられないため、カスタマーサクセスチームの負担は増えません。一方で、前述したトレーニングプログラムやオンラインコミュニティを充実させることで、顧客離れを防ぐことが可能になります。
2つのタイプのSmartHRのCM:マーケティングのテコ入れ
資金調達時の宣言通り、SmartHRはマーケティング(特に、プロモーション領域)にも再び大きな投資を行っています。
消費者として最もわかりやすいのがCMですが、2020年には2つのタイプのCMを投入しました。
- 実際のユーザーを取り上げたCM
- 芸能人を起用したドラマ形式のCM
の2つです。
新型コロナの影響によるテレワーク
まずは2020年4月28日から公開 された「入社手続きをテレワークで」というCM。実際のユーザーの声を拾う形で内容が構成されています。
世界中で新型コロナウイルスが流行し始め、テレワークが推奨される中、SmartHRのメリットを訴求する内容です。
非常にタイムリーで、社会的な問題への対応であることから、それなりに効果があったんじゃないでしょうか。
広告展開も、TV(関東圏・関西圏)、Web、タクシー広告等ということで、2017年の初CMが首都圏(関東圏)に限られたことを考えるとかなり広くなっています。
カスタマーサクセスの関西ユニットも稼働しているので、関西圏からの問い合わせがあっても迅速な対応が可能です。また、その他の地域でも「¥0プラン」の存在が受け皿として効力を発揮するはずです。
顧客の意思決定層に響く芸能人の起用
2020年8月8日から放映が始まったCM は、タレントの木梨憲武氏と俳優の伊藤淳史氏を起用しています。
バリエーションは、
の3つ。
放送エリアは、東京・大阪・名古屋・福岡・札幌・静岡・広島ということで、さらに広い範囲をカバーするCMになっています。
このCMに起用された二人ですが、1988〜1990年にバラエティ番組内で放送された「仮面ノリダー」というコーナーで一斉を風靡しています。
Wikipediaの「仮面ノリダー」 のページでは、
『おかげです』のコーナーでも屈指の知名度を誇っており、小中学生の間では本家仮面ライダーを上回る人気を得ていた。
という説明もあるように、当時の小中学生に絶大な人気がありました。
当時、6〜15歳だった「仮面ノリダー」ファン達は、SmartHRのCMが放映される頃には36〜45歳になっています。
つまり、人事労務のシステム導入において、社内で意思決定権(決裁権)を持っている年齢ということです。
SmartHRのターゲット層にとっては、木梨氏と伊藤氏のツーショットに懐かしさを感じ、強く印象に残っているのではないでしょうか。
さらに、2020年10月3日から放映されたCM は、年末調整業務をテーマとして、
の2つが公開されました。
こちらも放映地域は、東京・大阪・名古屋・福岡・札幌・静岡・広島となっています。
このように、シリーズCの資金調達後は、ループの内側と外側をより大きな規模で回していることがわかります。
これらの取り組みの結果、顧客層は大きく変化を遂げます。
SmartHRが公開している資料 によると、2020年11月には顧客数が30,000社を超えたとのこと。
2018年と比較した、顧客の従業員規模の変化は以下のとおり。
顧客の従業員数 | 2018年5月 | 2021年5月 |
1000名未満 | 82.6% | 59.3% |
1000名以上5000名未満 | 13.0% | 26.2% |
5000名以上 | 4.4% | 14.5% |
1000名以上の大企業の割合が倍以上に増え、収益効率が大幅に改善していることが想像できます。
カスタマーサクセスの大企業担当ユニットの設置と、主要都市の人事労務担当者に訴えかけるテレビCMの放映という打ち手が非常にうまく機能したようです。