SmartHRのビジネスモデル図解:資金調達とユニコーン化までの変遷

未開拓の人事労務効率化市場への挑戦

SmartHRが狙いを定めたのは、人事労務の効率化市場。当時は、まだまだ未開拓でプレイヤーも少ない、ブルー・オーシャンと呼ばれる市場 でした。

市場参入のキッカケは、当時の社長である宮田氏が社会保険制度によって助けられた経験と、経営者として感じていた労務管理の煩雑さであることは、当時のプレスリリース記事 でも語られています。

SmartHR事業では、この「人事労務効率化市場」において価値を提供し、対価を得ることが必要です。

SmartHRは人事労務の効率化市場を狙う

上図のように、人事労務の効率化というニーズを持つ市場を開拓するだけでなく、そこからSmartHRというSaaS(Software as a Service)を、いかに長期的に継続利用してもらえるか(上図の「継続顧客数」をいかに伸ばすか)が事業の鍵になります。

ということで、ここからはビジネスモデルをループに落とし込んでみます。

顧客の母数を増やす信頼性のループ

SmartHRのビジネスモデルを構造化すると、2つのループで構成されていることがわかります。

まず1つ目のループは、SmartHRというブランドの信頼性を高め、顧客となる企業の母数を増やすループです。

SmartHR顧客を増やし継続させる信頼性のループ

つまり顧客を増やしていくためには、上記のような、

  • 導入する会社が多いから信頼性が高まる
  • 信頼性が高いから導入する企業が増える

というループを回す必要があります。

しかし逆に言えば、実績が少ないほど信頼性も低く、成約しにくいということ。

法人営業の経験がある方なら実感いただけると思いますが、営業先の担当者から必ずと言っていいほど「導入実績は?」「活用事例は?」「どれくらい効果があるの?」という質問が浴びせられます。

実績のない会社ほど、B2B事業は戦いにくいのです。

ではSmartHRはどうしたのか?

当時の様子がわかる記事 では、

  1. プロダクトがない状態でfacebook広告(2万円)で事前登録を募る
  2. 事前登録者から30〜40社ほどのヒアリングを実施する
  3. ヒアリングした課題をもとにプロダクトを開発する
  4. 事前登録者からベータ版への本登録を促す(しかし登録率は低かった)
  5. 数多くのテック系イベントに参加して社長がベータ版を直接営業する

といったことを行なったようで、結果としては正式リリースまでに約200社ほどユーザーを集めた ようです。顧客の規模は50人未満がほとんど ということで、いわゆる中小企業です。

初期ユーザーのほとんどはIT企業だったので、正式リリース後もIT企業を中心とした導入が進みました。

つまり、IT企業の導入実績が得られたから、IT業界でのブランドの信頼性が醸成され、IT企業を中心とした顧客獲得が促進されたというループが回ったということです。

ちなみに初期から利用しているユーザーには、従業員がまだ300名に満たなかった上場前の「メルカリ」 もいます(執筆時点では連結での従業員数が約1,800名@執筆時の有価証券報告書)。

HR業務の効率を改善して継続顧客を生むループ

2つ目のループは大きく外側を回る、顧客の業務効率化を実現するこちらのループ。

SmartHR顧客の人事労務の効率を高め継続顧客数を増やすループ

こちらのループは「資金を何に投資し、そこから何を得るか」という、ビジネスモデル上で重要なものになります。

SmartHRで生み出すべき価値は、顧客の人事労務に関連する業務の効率化(ループ左側)です。ここが本事業の主戦場となります。

顧客の人事労務の効率化が実現できれば、

  • 優れた顧客体験が得られ、顧客のロイヤリティが高まる
  • SmarHRへの業務依存度が高まり、スイッチングコストが高くなる

という流れが生まれ、結果として顧客が継続してサービスを利用します。

一方、この人事労務の効率化という価値を生み出すためには、

  • 人事労務ノウハウの蓄積と適用
  • UX/UI改善活動(ユーザー体験と使い勝手の改善)

を進める必要があり、そのために資金を投入しなければなりません。

SmartHRは、どのようにこのループを回し始めたかというと、

当初は、代表とエンジニア2名という労務に関する知見のない3名で、労務関係の書籍やヒアリングを元に手探りで労務業務の課題を把握するところから始めました。(Qiita Zine 

と語っている通り、他の事業で確保した予算と、代表+エンジニア2名という最小のプロジェクトチームでサービスを形にしていきました。

また前述したように、少額のfacebook広告から潜在顧客を集め、課題をヒアリングすることでサービスやUX/UIの設計を行なっています。

SmartHRを開発するその前は?

株式会社KUFU(当時)は、いきなりSmartHRを開発したのかというと、実はそうではありません。起業してしばらくは、システムの受託開発で日銭を稼ぎながら、さまざまなプロダクトを開発していたとのこと。しかし、なかなか上手くいかず、SmartHRは12番目に開発したサービスだそうです。

上記のPeatixの記事に当時の様子が詳しく記されていて、「受託開発でゾンビになる」「机上の空論で開発しちゃう」「プロダクトを作りこみがち」といった失敗談を挙げられていました。スタートアップを目指されている方には大変参考になるかと思うので、ぜひご覧になってください。

ビジネスモデルの要は「ブランドの信頼性」と「顧客のHR業務効率化」

ここまでご紹介した2つのループが、SmartHRのビジネスモデルの基本構造となります。

改めて全体を見てみると、

  • ブランドの信頼性
  • 顧客のHR業務効率

を向上させることによって、

  • 継続顧客数

を増やすことが事業の拡大につながります。

SmartHRは、これらの要素をどのように育て、評価額1000億円越えのユニコーンにまで成長したのでしょうか?

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