戦略は組織に従う
もう一つの功績としては、激しく変化する環境の中で組織がどのように行動するかを研究した書籍「Strategic Management(邦題:アンゾフ戦略経営論)」です。
この「<新装版>アンゾフ戦略経営論〔新訳〕 」は、経営学者のイゴール・アンゾフ教授が1971年に出版した「Strategic Management」を日本語に翻訳したものです。タイトルのとおり、アンゾフ教授が戦略経営についてまとめた本になります。
「アンゾフ戦略経営論」では、
- 乱気流の渦巻く環境における組織の行動パターンは何か。
- 組織の行動の差異を決定するのは何か。
- 成功および失敗に貢献する要因は何か。
- 特定の行動様式を決定するのは何か。
- 組織がある行動様式からほかの行動様式に移る移行プロセスは何か。
に答える形で理論が展開されます(上記一覧は第1章 序論 p3 より引用)。
そして「第6章 戦略的な能力」では、有名な「戦略は組織に従う」の一文が登場するのが特徴です。
この一文は、チャンドラー教授の「組織は戦略に従う」という命題と一緒に引用されることがほとんどですが、
- 戦略は組織に従う = 組織形態が戦略の選択肢を狭める
のような間違ったニュアンスで理解されていることも多いようです。
では「戦略は組織に従う」と「組織は戦略に従う」の違いと本当の意味は何なんでしょうか?
チャンドラー教授の「組織は戦略に従う」
まずこの「組織は戦略に従う」というチャンドラー教授の命題は、チャンドラー教授の著書の邦題「組織は戦略に従う 」に由来しています。
1962年に出版された原書のタイトルは「Strategy and Structure(戦略と構造)」で、経営戦略の転換と組織構造の変化について言及しています。
アンゾフ教授の著書にも、チャンドラー教授の書籍の内容が引用されています。
その内容をわかりやすい言葉で言い換えると、
- ビジネスを取り巻く環境の変化が起こる
- 変化に対応するために戦略を変更する
- 組織が戦略を実行するための能力を身につける
という出来事が時間差で起こっていると言います。
アンゾフ教授の「組織は戦略に従う」
一方でアンゾフ教授は、チャンドラー教授が研究した頃(〜1962年)と今(〜1971年)、一部で状況が変わってきていることを指摘しました。
経営の理論や技術革新が進んだため、戦略を適用させるよりも前に、新しい仕組みやシステムを導入して組織の能力を高めるようになったのです。
つまり、
- ビジネスを取り巻く環境の変化が起こる
- 新しい仕組みを導入して組織が新しい能力を手に入れる
- 新しい組織の能力で実行できる戦略が生まれる
という順番に変わってしまったといいます。
第6章から引用すると、
「組織機構が先行し戦略がそれに追随する」ようになったのである。
という書き方で表現されています。
その一方で、新しい戦略が生まれずに失敗するパターンも存在しています。
それは新しい組織能力を経営層が活用できずに、仕組みが形骸化したり意味のないものになったりするパターンです。
これは今でも新しい技術が登場した時によく見られる光景です。インターネットが登場した時もそうですし、スマートフォンが登場した時もそうでした。あるいは成果主義が流行った時とか、業務のIT化が叫ばれた時もそうです。
社員を勉強会に参加させたり、システムを導入して一時的な組織能力は高まります。しかし経営陣がその能力を戦略に活かせないために、
- 最新技術を使って昔ながらの非効率な作業をやり続けている
- 今までやっていた作業に加えて無駄な新しい作業が増える
などのことが起こります。
2つの命題は対立しない
イメージ的にこの2つの命題が対立しているように思えるかもしれませんが、実際の内容は全然そんなことありません。「なんか昔と状況が変わっちゃったよね〜」くらいのマイルドな感じです。
アンゾフ教授は、チャンドラー教授の命題「組織は戦略に〜」に加えて、逆パターンの状況「戦略は組織に〜」も現れてきているということを指摘しています。
つまり、引き続き「組織は戦略に従う」業界や企業がある一方で、「戦略は組織に従う」業界や企業も出てきている、というニュアンスです。
なので「どっちが正しいか」ではなく、「どっちも正しい」という話なのです。
H.イゴール・アンゾフ