アンゾフの成長マトリックスとは?多角化戦略の図解手順と使い方のコツ

アンゾフの成長マトリックスとは「製品ライン」と「市場」の2つの軸から、多角化戦略を考えるためのフレームワークです。「アンゾフの成長ベクトル」「アンゾフの事業拡大マトリクス」などとも呼ばれます。正式な名称は「製品市場戦略マトリクス」です。

このマトリクスから3つの事業戦略、

  • 市場浸透戦略
  • 市場開拓戦略
  • 製品開発戦略

と、3つの全社戦略

  • 垂直多角化戦略
  • 水平多角化戦略
  • 外側(がいそく)多角化戦略

の合計6種類の戦略を検討することができます。

ここからは図解と具体的な事例で詳しく解説します。

成長マトリックス = 製品市場戦略マトリックス

アンゾフの成長マトリックスは、1957年にイゴール・アンゾフ教授の論文「Strategies for Diversification(多角化のための戦略)」で発表された多角化戦略のためのフレームワークです。

新しい市場を開拓する製品を考えろって言われたけど、困ったな…。

という時に使えるフレームワークです。

「製品市場戦略マトリクス」を使ってアイデア出しを行えば、上司や経営陣に6種類の戦略の方向性を提案することができます。こちらがその製品市場戦略マトリクスです。

左上に「アレンジ版」と書いているのは、筆者が現代風に手を加えているため。1957年のオリジナル版だと用途が限られていて、とっても使いにくいのです。

オリジナル版が作られた時代は製造業が中心で、フレームワーク自体も製造業に特化したものでした。ここでのアレンジ版は製造業以外にも使えるようにしながらも、アンゾフ教授の意図を損なわないように編集しています。ちなみに冒頭でご紹介した赤い方の図が、オリジナル版です。

商品・サービスの軸

「商品・サービス」の軸は、かなり細かく設定します。

オリジナル版の軸は「製品ライン」で、大きさや重さなどの「物理特性」や性能などの「パフォーマンス特性」などスペックごとに分けられています。それは製品スペックごとに、顧客のニーズが異なるからです。

例えば煎餅。同じ煎餅でも、大袋に入ったお徳用パックと、小包装されたコンビニ用では別のものと認識します。それは対応できる顧客のニーズが違うので、それぞれが違う「商品・サービス」になります。

市場ニーズの軸

「市場ニーズ」の軸は、同じニーズや困り事を1つのグループとして設定します。

オリジナルでは「(製品ミッション別の)市場」と説明されています。単純に「市場」とだけ書かれている解説書も多いですが、アンゾフ教授は製品を「顧客のミッション(使命)を果たすために生まれてきたもの」と定義しており、「ミッション別に市場を想定する方が有益だ」と考えました。

これは今でいう顧客の「ニーズ」だったり「課題」に相当します。そのため、ここでは「市場ニーズ」という軸にアレンジしました。

3つの事業戦略

市場浸透戦略」「市場開拓戦略」「製品開発戦略」は事業戦略として分類されます。現状の経営資源を使用するため、事業部の部長が指揮をとって独自に実行できる戦略です。

これまでの延長線上で戦略を実行することができる、リスクが低い戦略になります。戦略の実行も事業単位レベルに止まります。後述する3つの多角化戦略を実行する前の、足がかり的な戦略とも言えます。

市場浸透戦略

市場浸透戦略とは(Market Penetration Strategy)とは、既存の市場ニーズを満たせる既存の商品やサービスを浸透させる事業戦略です。売上の向上や、新規顧客の開拓が目的になります。

市場開拓戦略

市場開拓戦略(Market Development Strategy)とは、既存の商品やサービスに少し手を加えて、新たな市場ニーズに対応しようとする事業戦略です。

例としては、企業向けの貨物の輸送だけ行なっている運送業者が、個人向けの荷物集配に進出する場合が当てはまります。

製品開発戦略

製品開発戦略(Product Development Strategy)とは、全く新しい商品やサービスを開発して、既存の市場ニーズをより深く満たそうとする事業戦略です。

例としては、貨物の輸送だけ行なっている運送業者が、貨物を保管する倉庫業も始めた場合が当てはまります。

3つの全社戦略(多角化戦略)

そして「垂直多角化戦略」「水平多角化戦略」「外側(がいそく)多角化戦略」は全社戦略として分類されます。新しい経営資源が必要になるため、経営者が指揮をとって会社全体に影響が及ぶ戦略になります。

この戦略を実行するためには、過去の成功体験から決別し、挑戦と失敗を繰り返すことになります。そういった高いリスクがある一方、戦略がうまくいった場合には新分野に事業の柱を作ることができます。

これらの多角化戦略は「範囲の経済」とも強く関連しています。

範囲の経済とは?事業拡大や多角化戦略によるシナジー効果と具体例

垂直多角化戦略

垂直多角化戦略(Vertical Diversification Strategy)、サプライチェーン(供給連鎖)の上流、または下流に進出する全社戦略です。原材料や部品を供給する川上にある企業や、顧客により近い川下の企業が垂直統合の対象になります。垂直統合することで、範囲の経済を見込んだり、新しい技術やノウハウも取得することもできます。

例としては、貨物の輸送を行っている運送業者が、物品の卸業や小売業まで始める例が当てはまります。

水平多角化戦略

水平多角化戦略(Horizontal Diversification Strategy)とは、現状の経営資源を有効活用しながら、そこに新しい経営資源も加えて、新たな商品・サービスで新しいニーズに対応する全社戦略です。一般的に想像する多角化戦略が、この水平多角化戦略です。

例としては、貨物の輸送を行っている運送業者が、人を運ぶ旅客運送業に進出する場合が当てはまります。

外側多角化戦略

外側多角化戦略(Lateral Diversification Strategy)とは、「外側」は「がいそく」と読んで、「外側に開かれた多角化戦略」という意味があります。今までに作ったことのない商品やサービスで、まったく畑違いの分野のニーズを満たそうとする全社戦略になります。要するになんでもありの多角化戦略です。

例としては、貨物の輸送を行っている運送業者が、飲食業を始める場合などが当てはまります。

ちなみに「関連多角化」や「非関連多角化」という言葉がありますが、この外側多角化戦略は「非関連多角化」です。これ以外の多角化戦略は、何かしら現状の事業に関連しているため、「関連多角化」であると言えます。

多角化戦略を検討する目安

…という事で6つも戦略があるんですが、会社の規模や立場によって全部使えないかもしれません。あくまで目安ですが、

  • あなたが社長や個人事業主 → 6つ全て検討可能
  • 部長だけど社長の肝いり企画 → 6つ全て検討可能
  • 上司から急に言われただけ → 3つの事業戦略を本気で考えて、多角化戦略は1つだけネタとして考える

あたりが現実的なのではないでしょうか。

出来ること出来ないこと

出来ること
  • 6種類の事業展開の方向性を考えること
  • すでに発見している顧客のニーズに対応すること
出来ないこと
  • 6種類の事業展開のどれが優れているか判断すること
  • 新たな顧客のニーズを発見すること

このフレームワークで出てくるのは、あくまで戦略のたたき台のようなものです。そこで出てきたアイデアを現実的に、実行できる形に落とし込むのは別の話。その戦略が良いのか悪いのか、実行可能なのかどうなのか、そのような判断まではできません。

またこのフレームワークだけでは、事前にわかっている顧客のニーズを検討することしかできません。新たな顧客のニーズを発見するのには向いていません。

6つの戦略を検討する手順

  • ステップ1
    市場ニーズ調査の結果を整理する

    横軸の新しいニーズを検討するためには、まだ対応できていない市場ニーズの一覧が必要です。事前のマーケティング調査やアンケート調査の結果を整理して、製品市場戦略マトリクスで使えるように準備をしておきましょう。加えて、会社の理念やミッション(使命)への近さで順位付けすれば、アイデア出しの優先度も決めやすくなります。

  • ステップ2
    戦略立案メンバーを集める

    戦略立案のメンバーは、自社の経営資源をある程度把握している必要があります。使える経営資源を知っていれば、新しい商品やサービスのアイデアも湧きやすくなります。

    ただし必ずしもベストメンバーが集まれるとも限りません。状況に応じて、集めるメンバーを決めましょう。

    • 現実的に6戦略の全てを検討したい → 経営資源を把握しているメンバーを複数人集める
    • 会議のネタやアイデアレベルでOK → ひとりまたは集まれる人のみ

    もし自社の経営資源を具体的に把握していないメンバーが多く集まる時には、そのメンバーで事前にVRIO分析を行うと理解が深まります。

    VRIO分析とは?事例と経済価値・希少性・模倣困難性・組織で強みと弱みを見分けるやり方
  • ステップ3
    戦略のアイデアを出し合う

    製品市場戦略マトリクスを、そのままアイデア出しに使うことはできません。それぞれの戦略を個別に検討する必要があります。

    • 市場浸透戦略 → 一般的なマーケティングの会議を行う
    • 製品開発戦略 → 対応中の市場ニーズを1つずつ検討する
    • 市場開拓戦略 → 既存商品を市場ニーズに合わせた訴求方法を考える
    • 垂直多角化戦略 → 内製化やM&Aの検討会議を行う
    • 水平多角化戦略 → 未対応の市場ニーズを解決する方法と実現する手段を考える
    • 外側多角化戦略 → 会社の理念や経営者の好みにあった事業の情報収集をする

    市場浸透戦略は一般的なマーケティング戦略を練ることになるので、こちらでの説明は割愛します。製品開発戦略や市場開拓戦略を行う場合は、現在の経営資源で「開発力に余裕がある」のか「営業力に余裕がある」のかで順番を決めます。

    • 開発力に余裕がある → 製品開発戦略から検討する
    • 営業力に余裕がある → 市場開拓戦略から検討する

    アイデア出しでは、ホワイトボードや模造紙に付箋を貼っていきましょう。

    製品開発戦略では、現在の商品やサービスがターゲットとしている市場ニーズを書き出し、それに対するアイデア出しをしていきましょう。

    市場開拓戦略では、まず現在の商品やサービスと対応している市場ニーズを書き出します。そして未対応のニーズを会社の理念やミッションに近い順に上から列挙し、どのように訴求を行うかアイデアを出します。

    水平多角化戦略は、製品開発戦略も市場開拓戦略もやり尽くしている場合に行います。未対応の市場ニーズを会社の理念やミッションを達成しやすい順に上から列挙し、それに対する解決方法のアイデアを洗い出します。そして最後に、その解決方法を実現できる商品やサービスのアイデアを出します。

  • ステップ4
    アイデアを整理する

    アイデアがで尽くしたら、メンバーでアイデアを整理しましょう。

    • 貼り付けた付箋をグループ化する
    • グループ化したアイデアで実現性の優先度をつける

    これらの作業ができたら、パワーポイントのスライドや書類にまとめます。まとめる場合には、次の内容を含めるようにしましょう。

    • 会社の理念やミッション
    • 戦略名
    • 対応する市場ニーズ
    • 具体的な商品やサービスの内容
    • 戦略実行に必要な経営資源

短所と使い方のコツ

製品市場戦略マトリクス(成長マトリクス)の短所は、

  • 2軸を大雑把に設定するとアイデアがまとまらない
  • 商品点数が数千〜数万などの多い事業では作業が膨大になる
  • 経営資源の評価ができない

「商品・サービス」と「市場ニーズ」の2つの軸については、大雑把に設定してしまうと、その後のアイデア出しでもアイデアの品質が大きくばらつきます。それを避けるためには、戦略立案のメンバーが事前に自社の取り扱う商品やサービスを理解し、マーケティング調査から未対応の市場ニーズを洗い出すことが大切です。

また「商品・サービス」は会社によって取り扱う点数が違いますが、あまりにもたくさんの商品を扱っている場合は、ある程度まとめるか絞り込むことをお勧めします。

このフレームワークでは経営資源の知識が必要なものの、それを把握・評価するプロセスはありません。そのため事前にVRIO分析など、経営資源を評価する別の分析を行うと良いでしょう。

以上、使い方のコツとしては、

  • 事前に自社の取り扱う商品やサービスの理解を深める
  • 事前にマーケティング調査を行い市場ニーズを拾っておく
  • 「商品・サービス」軸の細かさは処理が可能な程度にとどめる
  • VRIO分析などで事前に戦略に使える経営資源を知っておく

ことです。

おすすめの書籍

1957年の論文「Strategies for Diversification(多角化のための戦略)」の日本語訳が、この本の第1章「多角化戦略の本質」として収録されています。

またアンゾフ教授の「戦略は組織に従う」という有名な命題は、こちらの書籍に掲載されています。