固定比率と固定長期適合率は、
- 中長期で運用する設備投資に対する財務面での安全性
を知るための長期的な安全性の財務分析指標であり、両方の指標はセットで分析されます。
まず固定比率の計算式は、
- 固定比率 = 固定資産 ÷ 自己資本 × 100
であり、「自己資本」は「株主資本」と「評価・換算差額等」の合計値になります。
同様に固定長期適合率の計算式は、
- 固定長期適合率 = 固定資産 ÷(固定負債 + 自己資本)× 100
であり、先ほどの固定比率の分母に「固定負債」を加えたものになります。
代表的な産業の平均的な固定比率と固定長期適合率は以下のとおりです。(2018年中小企業実態基本調査の数値より筆者が計算。いずれも「自己資本(= 株主資本)」で算出。全11産業の完全版は後述。)
産業中分類 | 固定比率 | 長期適合率 |
建設業 | 84 % | 55 % |
製造業 | 106 % | 66 % |
卸売業 | 95 % | 61 % |
小売業 | 129 % | 70 % |
宿泊業・飲食サービス業 | 367 % | 99 % |
固定比率および固定長期適合率の財務分析結果としては、
- 固定比率も固定長期適合率も100%を超えている
- 固定比率は100%を下回っているが固定長期適合率は100%を超えている
- 固定比率も固定長期適合率も100%を下回っている
という3つのパターンが考えられます。
ここでは固定比率と固定長期適合率について、計算式と分析の目安をわかりやすく解説します。
目次
固定比率の計算式
固定比率(こていひりつ)の計算は、貸借対照表の「固定資産」を「自己資本」で割ることで求めることができます。
それぞれ、
- 固定資産:事業活動のために長期間使い続けることが前提の資産
- 自己資本:誰にも返済する必要がない自分たちのお金
のことで、
- 中長期で運用する設備投資に対する財務面での安全性を表す財務分析指標
が固定比率です。
なお「自己資本(じこしほん)」は、
- 株主資本:資本金などの株主が提供した資金と累積した過去の儲け
- 評価・換算差額等:資産や負債などの評価損益を調整するための項目
という「純資産の部」の2つの科目を合算した数字のことになります。(上図では作図の都合上、株主資本のみを表示しています。)
財務分析を行う場合は自己資本を計算できればいいのですが、
- 詳細な財務データが得られない場合
- 計算が面倒な場合
などは、
- 自己資本 = 株主資本
- 自己資本 = 純資産の部
で計算する場合もあります。
そのため固定比率の分母が自己資本ではなく、「株主資本」や「純資産の部」で計算されていても間違いというわけではなく、「精度を落とした計算方法」だと考えてください。
貸借対照表の「純資産の部」について、より詳しい情報はこちらの記事をご覧ください。
固定比率の目安としては、一般的に、
- 100%以下:理想的
と言われています。
しかし実際には、多くの産業で平均値が100%を超えています。(産業別の平均値は後述します。)
つまり多くの産業では、ビジネスに必要な固定資産は自分たちのお金(自己資本)だけでは賄うことができず、銀行からの借り入れなどが必要になる、ということです。
その「銀行からの借り入れ」などの他人から借りているお金を含めた財務分析指標が、次にご紹介する「固定長期適合率」です。
固定長期適合率の計算式
固定長期適合率(こていちょうきてきごうりつ)の計算は、固定比率の分母に貸借対照表の「固定負債」を加えたものになります。
固定負債の代表的な項目は、
- 長期借入金:返済が1年以上先になる借金の金額
- 社債:「債権」を発行して不特定多数から借りたお金の金額
などです。
自己資本に加えた固定負債は、自分たちのお金ではなく、いずれ相手に返す必要があるお金です。
しかし「固定負債」は長期にわたって返済するので、自己資本のように比較的安定している資本だと考えることができます。
固定長期適合率の目安としては、一般的に、
- 100%以下:安全
と言われています。
先ほどの固定比率で100%を超えていたとしても、固定長期適合率が100%より低ければ安全圏にいると言えます。
後述する産業別の平均値を見ても、固定比率が100%を超える産業は多いですが、固定長期適合率の平均が100%を超えている産業は存在しません。
ちなみに固定比率や固定長期適合率と同様の、
- 安全性の財務分析指標
として「流動比率」「当座比率」「自己資本比率」「財務レバレッジ」「負債比率」「有利子負債比率」などもあります。
固定比率と長期適合率の目安と分析パターン
固定比率および固定長期適合率の両方の目安を考慮すると、
- 固定比率も固定長期適合率も100%を超えている
- 固定比率は100%を超えているが固定長期適合率は100%を下回っている
- 固定比率も固定長期適合率も100%を下回っている
という3つのパターンが考えられます。
これらを図で表すと、下図のようなイメージになります。
上記の図では、
- 最も危険なのは固定比率も固定長期適合率も100%を上回っている状態
- 最も安全なのは固定比率も固定長期適合率も100%を下回っている状態
ということがわかると思います。
そしてそのキーとなるのが「固定負債」です。
固定比率も固定長期適合率も100%を上回っているパターン
まず最も危険とされる、
- 固定比率も固定長期適合率も100%を超えている状態
ですが、
- 長期に使う固定資産を安定的な資本でまかないきれていない状態
ということになります。
上の図のように、固定資産が固定負債と自己資本の合計を上回っているということは、その上に乗っかっている流動資産と流動負債の比率も危険な状態です。
流動資産と流動負債の比率は「流動比率(=流動資産 ÷ 流動負債)」や「当座比率(=棚卸資産を引いた流動資産 ÷ 流動負債)」で計算できますが、いずれも下図のような危険な状態にあります。(先ほどの図とパズルのように組み合わせてみてください。)
このように流動比率と当座比率が危険な状態では、流動資産をすべて使い切ったとしても流動負債を返すことはできません。
そうなると会社に何かあったときに、大切な固定資産を取り崩さなければならない可能性が高くなります。
固定資産は、工場や設備など製品やサービスそのものを生み出すために欠かせない経営資源であることがほとんどです。そのため、固定資産を失ってしまえば、売上を生み出すこともできなくなるかもしれません。
このような状態を避けるためには、
- 活用できていない固定資産を現金などの流動資産に変える
- 固定資産を活用して儲けを生み出し自己資本を増やす
- 新しく株を発行するなどして自己資本を増やす
などが考えられます。
ちなみに借入金を増やしたり社債を発行して、
- 固定負債を大きくすることで固定長期適合率を改善する
という方法も考えられなくはないですが、
- 借入金が増えると支払利息が増えて利益を圧迫する
ことも考慮しておかなければいけません。
やはり健全な対応としては、
- 経営資源を断捨離しながら所有する固定資産を活用して利益を増やす
ということになると思います。
固定比率は100%を超えているが固定長期適合率は100%を下回っているパターン
次にある程度安全な状態と言えるのが、
- 固定比率は100%を超えているが固定長期適合率は100%を下回っている状態
です。
このパターンは固定資産が固定負債と自己資本の合計を上回っているので、
- 固定負債を含めると固定資産の長期的な安定性を確保できる
と言えます。
この状態では、自己資本で固定資産をカバーできていないものの、すぐに返済する必要がない固定負債を含めるとカバーできているので、万が一の場合でも大切な固定資産を失ってしまう可能性は低くなります。
固定比率も固定長期適合率も100%を下回っているパターン
最も安全なのは、
- 固定比率も固定長期適合率も100%を下回っている状態
です。
このような状態であれば、万が一のことがあったとしても、大切な固定資産を失う可能性はとても低いと考えられます。
もちろん業界によっては、このような状態を目指すのが現実的ではない場合もあります。
では産業ごとに、固定比率や固定長期適合率はどのように違うのでしょうか?
ここからは実際の産業別の平均値を確認していきましょう。
固定比率と長期適合率の産業別平均値
中小企業庁「中小企業実態基本調査」の数値で計算した、産業別の固定比率と固定長期適合率の平均値は以下の通りです。
なお、統計データの都合上「自己資本(= 株主資本)」として計算しています。
産業中分類 | 固定比率 | 長期適合率 |
建設業 | 84 % | 55 % |
製造業 | 106 % | 66 % |
情報通信業 | 66 % | 48 % |
運輸業・郵便業 | 165 % | 79 % |
卸売業 | 95 % | 61 % |
小売業 | 129 % | 70 % |
不動産業・物品賃貸業 | 212 % | 89 % |
学術研究・専門技術サービス業 | 95 % | 73 % |
宿泊業・飲食サービス業 | 367 % | 99 % |
生活関連サービス・娯楽業 | 206 % | 91 % |
サービス業(上記以外) | 91 % | 53 % |
このように、固定負債も含めた「固定長期適合率」では、全ての産業の平均値が100%を下回る安全圏にあります。
しかし自己資本だけで計算する「固定比率」では、平均値が100%を超えてしまう産業も少なくありません。
これらの固定比率が100%を超える産業は、他の産業に比べて、
- 自己資本に対する固定負債の割合が大きい
ということになります。
つまり安定的な経営を行うためには、借り入れなどの他人資本の調達も欠かせない産業だと考えることができます。
ここでご紹介した産業別平均値以外にも、競合他社などと比較してみると面白いかもしれません。
固定比率&固定長期適合率まとめ
以下は、ここまで説明した内容を簡単にまとめたものです。
固定比率の計算式は?
固定比率の計算式は、
- 固定比率 = 固定資産 ÷ 自己資本 × 100
であり、「自己資本」は「株主資本」と「評価・換算差額等」の合計値になります。
単位は「%」で表されます。
固定比率の目安と平均値は?
産業や事業形態によっても異なりますが、固定比率は一般的に、
- 100%以下:理想的
と言われています。
また代表的な産業の固定比率の平均値は、以下のとおりです。
- 建設業:84 %
- 製造業:106 %
- 卸売業:95 %
- 小売業:129 %
- 宿泊業・飲食サービス業:367 %
固定長期適合率の計算式は?
固定長期適合率の計算式は、
- 固定長期適合率 = 固定資産 ÷(固定負債 + 自己資本)× 100
であり、固定比率の分母に「固定負債」を加えたものになります。「自己資本」は「株主資本」と「評価・換算差額等」の合計値です。
単位は「%」で表されます。
固定長期適合率の目安と平均値は?
産業や事業形態によっても異なりますが、固定長期適合率は一般的に、
- 100%以下:安全
と言われています。
また代表的な産業の固定長期適合率の平均値は、以下のとおりです。
- 建設業:55 %
- 製造業:66 %
- 卸売業:61 %
- 小売業:70 %
- 宿泊業・飲食サービス業:99 %
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