アップセルとは?お得感と情報の非対称性
ここからは、それぞれについてもう少し掘り下げていきたいと思います。
まずはアップセルとは、
- 顧客に上位の商品をすすめること
です。
ただし文脈によっては意味が少し違う場合があります。
- 狭義のアップセル:顧客が再購入する時に上位の商品をすすめること
- 広義のアップセル:初めての購入や再購入の時に上位の商品をすすめること
という2つのパターンがあります。
教科書として使われるような書籍(「ゼミナール マーケティング入門 第2版 」など)には、「再購入する時」と書かれている場合が多いのですが、実際の現場では顧客の状態に関わらず上位の商品をすすめるのが「アップセル」と理解されていることが多いようです。
アップセルを図で表すと、上のようになります。
顧客がどの商品からスタートしたとしても、その商品の上位に位置する商品をすすめるのがアップセルです。
ただし、この「上位の商品」を定義するのが少し厄介かもしれません。先ほどご紹介した携帯電話の「長期契約割引」なども上位商品と認識しにくいものの一つです。
そこで有効な判断基準としては、
- 追加された価値が単体で販売されて商品と成立するかどうか
について考えることです。
もし単体商品として成立するなら「クロスセル」ですし、単体商品として怪しいなら「アップセル」と考えて良いと思います。
例えば携帯電話回線の長期契約割引は、2年契約と3年契約の差分である「2年後から3年後だけ携帯電話を使える契約」というものは存在しません。(1年契約とは別物です。)また電話転送のオプションも、主体となる携帯電話回線の契約が存在しなければ使うことができません。
逆に言えば、
- 単体商品と成立しないオプションの提案はアップセル
と考えることができます。(ただし稀に例外もあるので、あくまで目安です。)
具体例:吉野家
アップセルのわかりやすい具体例としては、牛丼屋のサイズ違いの商品などです。
こちらはうな重のアップセルの例ですが、鰻の枚数が増えるごとにグレードが上がります。
これは牛丼の盛り方でも一緒ですよね。牛丼だと牛肉の量に比例してグレードが上がります。
同じように居酒屋などでも、「刺身の三種盛り」と「刺身の五種盛り」が用意されていて、メニューには豪華な五種盛りの方の写真を使っているのもアップセルの好例です。
また味噌汁や漬物のセットメニューもアップセルです。
上記の例では「セットメニュー」が、
- 単品の鰻重
- 鰻重セット
- 鰻重みそ汁牛小鉢セット
の順にアップグレードしていることがわかります。
ここで注意しなければならないのは、あくまで「セットメニュー」としての上位グレードだということです。
もし味噌汁や漬物を単品で完結する商品だと考えれば、クロスセルとも解釈できるかもしれません。
(ただし味噌汁単品だけ注文する客はほぼいないでしょうし、店側も味噌汁を単体で売ろうと思っているとは思えないので、どちらにしてもアップセルと考えるのが妥当だと思います。)
必要なのはお得感
アップセルを成功させるために必要なのは、
- 顧客にとってのお得感
です。
つまりアップグレードした場合に、
- 増加する商品の価値 > 増加する価格
という状態であれば、顧客は上位グレードにお得感を感じます。
例えば先ほどのセットメニューであれば、味噌汁と漬物をそれぞれ単品で追加するよりも、セットメニューを選んだ方が合計金額が安くなるのが普通です。
もしこれが単品で追加するよりセットメニューの方が高くなってしまうのであれば、顧客はお得感を感じないので誰もセットメニューを注文しないでしょう。
またこの「お得感」は、顧客が持っている情報量が少なければ少ないほど生み出しやすくなります。
あまり良くない例ですが、商品に詳しくないお客さんは、上位グレードを選択した場合の機能の差や価値の差を正確に見積もることができません。そのため売り手の表現の仕方次第で、価値が価格差を上回っているように思い込ませることもできます。
これは「情報の非対称性」と呼ばれるもので、ビジネスでは情報量が多い方が有利になることが多々あります。売り手と買い手の関係でも同様に、より多くの情報を持っている方が取引を有利にすすめることができます。
ダウンセルという選択肢
顧客がいつもアップセルを受け入れてくれるとは限りません。
むしろ逆にスタンダードな商品ですら、顧客が想像していた予算より高い場合もあります。
そんな時には「ダウンセル」という方法も存在します。これはアップセルの逆で、下位のグレードの商品をすすめることを指します。
「アップセル・クロスセルの目的」でお伝えしたように、これらのテクニックの目的は売り上げを伸ばすことです。そのため買ってもらえないよりは、ダウンセルをして売り上げに貢献する方が良いという考え方もあります。
しかしこのダウンセルは諸刃の剣であり、強引な販売や、顧客に不必要なものを買わせるようなダウンセルは、売り手の信頼性を損なう危険性も秘めています。
目の前の得を取るより、顧客との長期的な信頼関係を築く方が望ましい場合も多いので、「ダウンセル」を使う場面は十分に考慮する必要があります。