ターゲティング(標的市場の決定)とは、
- 「どの」市場セグメントを「いくつ」標的とするか決めること
です。
ターゲティングは、「マーケティングのSTP(エス・ティー・ピー)」の2つ目のステップであり、その後のポジショニング(競合に対する位置取り)に大きな影響を与えます。
標的とする市場セグメントは、
- 測定可能性:市場の規模を測れること
- 接近可能性:市場にアプローチできること
- 差別化可能性:市場から独自の反応が返ってくること
- 利益確保可能性:市場から十分な利益を見込めること
- 実行可能性:現実的なマーケティング施策を設計できること
という5つの評価基準を満たす必要があるとされています。(「コトラー&ケラーのマーケティング・マネジメント 第12版 」p326)
さらにターゲティングの6Rのフレームワークからも、
- Rival(ライバル):競合が少ない市場を選ぶ
- Rate of Growth(レイト・オブ・グロース):成長が見込める市場を選ぶ
- Rank/Ripple Effect(ランク/リップル・エフェクト):他のセグメントに影響力(波及効果)があるセグメントの優先度を高める
といった評価基準を加えることができます。
上記の評価基準を満たしている市場セグメントはターゲティングの対象となりますが、それらをどう選ぶかについては、フィリップ・コトラー教授による3つのターゲティング戦略、
およびデレク・エーベル教授の5つのターゲティング戦略、
が代表的なパターンとなります。
ここではターゲティングを行うための市場セグメントの評価方法とターゲティング戦略について、わかりやすく解説します。
ターゲティングとは?
ターゲティングとは、
- 「どの」市場セグメントを「いくつ」標的とするか決めること
で、日本語では「標的市場の決定(設定・選定)」と呼ばれます。英語では「Targeting」と書きます。
- Segmentation(セグメンテーション):市場をセグメントに切り分ける
- Targeting(ターゲティング):どの市場セグメントを標的にするか決める
- Positioning(ポジショニング):競合と差別化するための位置決めをする
という3つの流れの2番目のステップになります。
イメージで表すと以下のとおり。
最初の「セグメンテーション(市場細分化)」のステップでは、
- 市場全体の中から似通ったニーズやウォンツを持つ消費者を切り分けること
を行い、その切り分けたセグメンテーションから標的を決定するのがターゲティングです。
セグメンテーションを行う理由も、ターゲティングを行う理由も、最小限の経営資源で最大限の効果をあげるためです。
セグメンテーションで消費者を切り分ければ、自分たちが勝ち目のある市場だけピンポイントで狙ってマーケティングを行えるようになります。
そうすれば投入する経営資源に対して、最大限のリターンを得ることができます。
ターゲット市場の5つの評価基準
ターゲットとする市場セグメントは、
- 測定可能性:市場の規模を測れること
- 接近可能性:市場にアプローチできること
- 差別化可能性:市場から独自の反応が返ってくること
- 利益確保可能性:市場から十分な利益を見込めること
- 実行可能性:現実的なマーケティング施策を設計できること
という5つの条件を満たす必要があるとされています。(「コトラー&ケラーのマーケティング・マネジメント 第12版 」p326)
これはセグメンテーションの段階では満たす必要はありませんが、ターゲティング(市場セグメントの選択)の対象として検討するのであれば必須です。
測定可能性:市場の規模を測れること = Response
市場セグメントは、
- どれくらいの消費者が存在しているのか?
- どれくらいの売上を見込むことができるのか?
- 市場セグメントは拡大しているのか縮小しているのか?
などを数値として測れる必要があります。
数値は予測レベルでも問題ありませんが、精度の高い数値が得られるほど、マーケティング活動の精度も高まります。
これは「Response(レスポンス)」などとも呼ばれます。
市場の規模を測ることができれば、マーケティング活動の成果を確認しやすくなります。また、拡大市場なのか縮小市場なのか知ることで、参入するかどうかの判断をすることもできます。
接近可能性:市場にアプローチできること = Reach
どんなに有望な市場セグメントを見つけたとしても、消費者に製品やサービスを届ける方法がなければ絵に描いた餅になってしまいます。
マーケティングでは消費者に価値を届けなければならないので、直接的でも間接的でもアプローチができなければ活動そのものが成り立ちません。
これは「確実性」「到達可能性」「Reach(リーチ)」などとも呼ばれます。
この市場へのアプローチについては、
- 消費者(買い手)
- 提供者(売り手)
の2つの側面から考える必要があります。
例えば、インターネットにアクセスできない消費者に、インターネット上のサービスを提供することはできません。
たとえ自分たち(売り手)がそのサービスを提供するのに十分な技術力があったとしても、買い手である消費者が価値を受け取れなければビジネスが成立しません。
逆に、買い手が存在しても提供できない場合もあります。例えば、職業を紹介してもらいたい人が居たとして、あなたが職業紹介のビジネスをしようと思っても、「有料職業紹介事業」の許可を取っていなければ商売ができません。
このように売り手または買い手の、どちらか一方に問題があれば市場へのアプローチが困難になることがあります。
他にも、法律が整備されていなかったり、宗教上の問題があったり、社会通念上の課題が払拭できない場合にも市場にアプローチできないことが考えられます。
これらの状況を整理するには、「PEST(ペスト)分析」というフレームワークが有効です。
PEST分析では、
- 政治的要因(Political factors)
- 経済的要因(Economic factors)
- 社会的要因(Social factors)
- 技術的要因(Technological factors)
という4つの要因からビジネスへの影響を考えます。
有望な市場セグメントが見つかったら、PEST分析で市場へのアプローチに課題がないか確認してみましょう。
差別化可能性:市場から独自の反応が返ってくること
ターゲティングは、セグメンテーションの結果を引き継いで行うことになります。
もしセグメンテーションが成功していれば、それぞれの市場セグメントごとに独自の反応が返ってくるはずです。
なぜなら、それぞれの市場セグメントごとに独自のニーズやウォンツを持っているからです。
以下の図は、セグメンテーションの成功例と失敗例のイメージですが、成功したセグメンテーションでは、市場セグメントが明確なニーズやウォンツを持っています。
この市場セグメントの持つ特定のニーズやウォンツが、マーケティング戦略に呼応することを「独自性」などと呼びます。
うまくセグメンテーションができていれば、市場セグメントごとに消費者のリアクションが違うので、それぞれに対して違うマーケティング施策を考える必要があります。
逆に、異なる複数の市場セグメントから同じ反応が返ってくるようであれば、セグメンテーションに失敗している可能性があります。
そういった場合は、セグメンテーションのやり直しが必要です。
利益確保可能性:市場から十分な利益を見込めること = Realistic Scale
ビジネスにおいて最も重要な要素の一つが「利益」です。
いくら売上があったとしても、利益が生まれなければマーケティング活動を持続させることはできません。そのため、利益が見込める市場セグメントにアプローチする必要があります。
これは「維持可能性」「Realistic Scale(リアリスティック・スケール)」などとも呼ばれます。
既存の市場セグメントであれば、利益を見込めるかどうかの判断はしやすいかもしれません。しかし、新しい市場セグメントでは正確な利益率まで見込むことは難しいことがあります。
それでも1つ目の「市場の規模を測れる」という条件をクリアしていれば、マーケティング活動がプラスになるかマイナスになるかの判断はつくはずです。
さらに欲を言えば、継続的な活動で将来的に利益が拡大するのか縮小するのかも把握しておきたいところです。
実際のビジネスでは、市場セグメントから十分な利益を見込めなくても、あえて市場に参入する場合もあります。
その理由は
- 創業者の想いを叶えるため
- 経営理念を実現させるため
- 経営者のちょっとした気まぐれ
など様々。
そして新たなビジネスチャンスを生み出すことだってあります。とてもレアなケースですが、創業者や経営者の情熱があれば、利益度外視で取り組むこともあります。
実行可能性:マーケティング施策を設計できること
どんなに理想的な市場セグメントが見つかったとしても、現実的なマーケティング施策の設計ができなければ意味がありません。
つまり、マーケティング戦略が絵に描いた餅になりそうな市場セグメントは選ぶべきではないということです。
マーケティングミックス(4P)である、
- Product(製品)
- Price(価格)
- Place(流通)
- Promotion(販売促進)
の4つは互いに影響し合っていて、マーケティング戦略では一つとして欠けることはできません。
そのため、
- 製品開発が技術的に難しい
- 現状ではコストがかかりすぎて現実的な値付けができない
- 製品を流通させる手段がなかったり流通コストが非現実的である
- 製品の販促活動が法的に難しい
などといった問題があり、マーケティングミックス(4P)が成立しない場合には、問題が解決するまでターゲティングの対象にはなりません。
6Rのフレームワーク
上記で説明した5つのセグメント評価基準の他にも、「6R(ろくアール)」と呼ばれる評価フレームワークも存在しています。
この2つの評価基準は、どちらに優劣があるわけではなく、補完し合う関係なので両方覚えておくと便利です。
6Rは、
- Response(レスポンス):市場を測定可能である
- Reach(リーチ):市場に到達可能である
- Realistic Scale(リアリスティック・スケール):有効な市場規模がある
- Rival(ライバル):競合が少ない市場を選ぶ
- Rate of Growth(レイト・オブ・グロース):成長が見込める市場を選ぶ
- Rank/Ripple Effect(ランク/リップル・エフェクト):他のセグメントに影響力(波及効果)があるセグメントの優先度を高める
から構成されます。
このうち「Response(レスポンス)」「Reach(リーチ)」「Realistic Scale(リアリスティック・スケール)」の3つについては、先ほどの5つの評価基準の「測定可能性」「接近可能性」「利益確保可能性」にて説明しました。
ここでは残りの「Rival(ライバル)」「Rate of Growth(レイト・オブ・グロース)」「Rank/Ripple Effect(ランク/リップル・エフェクト)」について説明します。
Rival:競合が少ない市場を選ぶ
市場セグメントを選ぶ際に、競合が少ない市場を評価するのが「Rival(ライバル)」です。
誰でも見つけることができて、儲かりやすい市場セグメントには、多くの企業が目をつけて参入してきます。
しかし、そんな市場セグメントはすぐに競争圧力が高まり、儲からない市場セグメントになってしまいます。
そういったことを避けるために、前もって競合が多いか少ないかを検討することもできます。
これは、マイケル・ポーター氏の「ファイブフォース分析」の考えにも通じます。
ファイブフォース分析とは、
- 新規参入業者
- 代替品
- 顧客(買い手)
- 供給業者(売り手)
- 既存企業
の、5つの競争要因から生まれる競争圧力を分析する方法のことです。
ファイブフォース分析では、競合が多いか少ないかだけでなく、
- 新規参入者によって供給量が需要を上回らないか
- 代替品に顧客が流出したり代替品との値下げ競争に巻き込まれないか
- 顧客の奪い合いになったり顧客からの値下げ圧力を受けることはないか
- 原材料の奪い合いになったり供給業者の値上げ圧力を受けることはないか
といったことも考えます。
これは5つの評価基準の「利益確保可能性」にも通じる内容なので、
- 競合が多くないか
- 将来的に競合が増えやすい傾向にあるか
- 競争圧力が少なく利益を確保しやすいか
といったことファイブフォース分析で考えることをおすすめします。
ちなみに「競合が少ない=良い市場セグメント」というわけではありません。
競合が少ない、つまり競合が参入したがらないのには理由があります。ライバルが少ない市場セグメントを見つけたとしても慎重にその理由を探ってください。
Rate of Growth:成長が見込める市場を選ぶ
その市場セグメントが将来的に成長するかどうかを考えるのが「Rate of Grouth(市場セグメントの成長率)」です。
当然ながら、大きな成長が見込める市場セグメントには競合他社も参入します。
そして競合他社がたくさん参入してくれば、先ほどの「Rival(ライバル)」の評価は下がります。
そのため、競合が少なく、且つ、成長性の高い市場セグメントを見つけるのはとても困難な作業になります。
このようなジレンマの解決は、「PPM(プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント)分析」にも通じる部分があります。
PPM分析は、
- 市場成長率
- 相対的市場シェア
を使って、
- 花形(Stars)
- 金のなる木(Cash Cows)
- 負け犬(Dogs)
- 問題児(Question Marks)
の4つのタイプに事業を分類する分析方法です。
上記の「花形」や「問題児」に位置する市場成長率の高い事業は、多くの競合との競争に晒されるので、マーケティングのコストが膨らみます。
そして、継続的に予算を投入し続けなければいけません。
もし標的の候補になる市場セグメントが成長の真っ只中にある場合には、市場成長による大きなリターンが見込める一方で、市場でのシェア争いに莫大なコストが費やされることを想定する必要があります。
Rank/Ripple Effect:影響力のある市場セグメントを優先する
特定の市場セグメントを攻略した際に、そのクチコミが他の市場セグメントにも伝搬すれば、マーケティングコストを大きく引き下げることができます。
このような別の市場セグメントへの波及効果を見込めるセグメントを高く評価しようと考えるのが「Rank/Ripple Effect(順位・波及効果)」です。
わかりやすい例は、スポーツ用品メーカーが、
- プロスポーツ選手
- セミプロ選手
- アマチュア選手
といった順に攻略していくマーケティングの手法です。
セミプロ選手やアマチュア選手は、プロスポーツ選手に憧れを抱く傾向にあります。
これをマーケティング用語では、プロスポーツ選手達はセミプロやアマチュアにとっての「願望集団」と呼びます。
願望集団とは、
- 消費者がそこに属したいと思っているグループ
のことで、消費者の購買行動に強い影響を与える準拠集団の一種です。
例えば、プロスポーツ選手が特定のシューズやトレーニング器具などに対して「とても気に入っている」「効果がある」などと言ったとしたら、セミプロやアマチュア選手はスポーツ用品店に足を運びます。
つまり、スポーツ用品メーカーにとってプロスポーツ選手の市場セグメントは、他のセグメントに対して波及効果の高い市場セグメントだと言えます。
同様に、プロ市場とアマチュア市場の両方が存在している業界では、プロ市場の市場セグメントを高い優先度で攻略しようとする傾向が見られます。
ターゲティング戦略:コトラー型とエーベル型の違い
ターゲティング戦略には、
- フィリップ・コトラー教授の3つのターゲティング戦略
- デレク・エーベル教授の5つのターゲティング戦略
が存在しています。
いずれも1980年頃に提唱された考え方で、どちらが優れているかというより、
- シンプル化されたターゲティング戦略
- より高度で詳細なターゲティング戦略
というように捉えることができます。
シンプルなコトラー型ターゲティング戦略
まずマーケティングの大家、フィリップ・コトラー教授のターゲティング戦略は、
- 無差別型ターゲティング戦略
- 差別型ターゲティング戦略
- 集中型ターゲティング戦略
の3つです。
図で表すと以下の通り。
マーケティングミックス(4P)である、
- Product(製品)
- Price(価格)
- Place(流通)
- Promotion(販売促進)
をセグメントごとに対応させる、といったイメージです。
これは、同時期(1980年)に発表された、
- マイケル・ポーター教授の3つの基本戦略
に共通する部分が見られます。
3つの基本戦略では、
- ターゲットを市場全体に定めるか特定セグメントに定めるか
- ポジショニングを重視する(差別化戦略)かコスト優位を目指すか
といった視点で戦略が決まります。
つまり、
- コトラー教授の無差別型はポーター教授のコストリーダーシップ戦略に近い
- コトラー教授の差別型はポーター教授の差別化戦略に近い
- コトラー教授の集中型はポーター教授の集中戦略に近い
と考えることもできます。
ただし、ポーター教授は事業や産業といったより大きな視点、コトラー教授は製品やサービスといったよりミクロな視点であることには注意が必要です。
3つの基本戦略についてのより詳しい情報は、下記の記事をご覧ください。
高度なエーベル型ターゲティング戦略
「エーベルの三次元事業定義モデル(1980年)」で有名な、デレク・エーベル教授は、
- 単一セグメントへの集中戦略
- 製品専門化戦略
- 市場専門化戦略
- 選択的専門化戦略
- 市場のフルカバレッジ戦略
といった5つのターゲティング戦略を提唱しています。
エーベルの三次元事業定義モデルとは、
- その事業の恩恵を受ける顧客は誰なのか?
- その事業で満たすべき顧客ニーズは何なのか?
- その事業はどんな技術によって実現できるのか?
という3つの問いで事業領域を定義する方法のこと。
これらの問いにある、
- 顧客ニーズ
- 技術
というのが、ターゲティング戦略にも繋がっていきます。
以下のターゲティング戦略の図解には、
- 縦軸:製品1、製品2、製品3…
- 横軸:市場1、市場2、市場3…
と2つの軸が設定されていることがわかると思います。
この2つの軸はそれぞれ、
- 市場 = 顧客ニーズ
- 製品 = 技術
と解釈することができます。
セグメンテーションの説明でもお伝えしましたが、セグメンテーションは変数を使って顧客のニーズやウォンツを抜き出すこと。
つまり、このエーベルのターゲティング戦略の図は、セグメンテーションで顧客のニーズやウォンツを抜き出した市場セグメントが横軸に並んでいる、ということになります。
これはイゴール・アンゾフ教授の「アンゾフのマトリクス(1957年)」も思い起こさせますよね。
アンゾフのマトリクスは、
- 「製品ライン」と「市場(製品使命)」の2つの軸で多角化戦略を考える
ためのフレームワークで、
- 市場(製品使命)
という軸も、マーケティングの視点では市場セグメントであり、顧客のニーズやウォンツを顕在化させたものになります。
ターゲティング戦略:5つのパターン
ここからはそれぞれのターゲティング戦略について説明したいと思います。
- フィリップ・コトラー教授の3つのターゲティング戦略
- デレク・エーベル教授の5つのターゲティング戦略
の2つのターゲティング戦略には共通点も多いため、エーベル教授の5つのターゲティング戦略をベースにしながら、コトラー教授の戦略とその他の戦略フレームワークについて解説します。
単一セグメントへの集中戦略 = 集中型ターゲティング戦略
まずは、単一の製品を単一の市場セグメントにぶつける「単一セグメントへの集中戦略」です。
単一セグメントへの集中戦略のメリットは、
- 分野を特化させることでマーケティング活動を効率的に行える
- 市場セグメントでトップシェアになれば収益率が高まる
ことにあります。
例えば創業して間もない企業では、扱う製品が少なく、予算も少ないことがほとんどです。
このような場合には、限られた予算を効率的に使うため単一の市場セグメントに注力します。
そうすれば特定の市場セグメントに対する学習効率も向上し、結果としてマーケティング活動全体が効率化されます。
また特定の市場セグメントで圧倒的なシェアを得ることができれば、
- マーケティングコストの低減
- ブランド価値向上による売価の安定
などによって収益性も向上します。
これはアンゾフ・マトリックスにおける「市場浸透戦略」とも考え方が似ています。
市場浸透戦略は、
- 既存市場で既存製品を浸透させて売上向上や新規開拓を狙う戦略
のことで、経営資源を既存製品に集中させることで、マーケティング活動を効率化し、収益率を向上させる戦略です。
この「単一セグメントへの集中戦略」と同じような考え方を持つのが、コトラー教授の「集中型ターゲティング戦略」です。
集中型ターゲティング戦略も同様に、
- 特定の市場セグメントを標的にする
- マーケティングミックス(4P)を特定の市場セグメントに最適化する
といった事を行います。
これらのターゲティング戦略は、ポーター教授の「集中戦略(差別化集中戦略・コスト集中戦略)」とも同じ考え方です。
集中戦略は、経営資源が限られている場合に有効な戦略であり、ニッチ市場(隙間市場)でのコスト優位性を生み出します。
ちなみにコトラー教授は、「競争地位の4類型」でもニッチ市場を狙う場合のニッチ戦略も提唱しています。
ニッチ市場は、大企業に比べて経営資源の量が少なくても、尖った技術や強みなど経営資源の質が高い部分があれば、勝つチャンスがある市場です。
しかしここまで説明したように、単一の市場セグメントに集中することには、マーケティング効率が良くなる反面、
- その特定の市場セグメントに大きな変化があった場合に売上が激減する可能性
- 別の企業のイノベーションによって市場セグメントが消滅する可能性
- 大手企業の参入によって一気に形勢が逆転してしまう可能性
など、一つの市場セグメントに依存するデメリットもあります。
代表的な例が、ポラロイド社が開発販売していた「ポラロイド」と呼ばれるインスタントカメラです。
ポラロイドカメラで写真を撮影すると、拡散転写法によって撮ったその場で写真が確認できます。日本では富士フイルムの「インスタックス・チェキ」が有名ですよね。
ポラロイドカメラは1990年代には、拡散転写法のインスタントカメラでは市場の7〜8割を独占するほど大成功を納めていました。
しかし2000年代に入ると、デジタルカメラが急速に普及して瞬く間に売上が激減。
そして2001年に約1000億円の巨額の負債を抱えて、ポラロイド社は経営破綻しました。
このようなリスクに対して、コトラー教授は、単一の市場セグメントに長期間依存するのではなく、早い段階で別の市場セグメントも攻略する「複数ニッチ戦略」をすすめています。
製品専門化戦略
単一の製品を、複数の市場セグメントに対して提案するのが「製品専門化戦略」です。
製品専門化戦略では、
- 複数の市場セグメントに販売できる1種類の製品に経営資源を集中させる
というターゲティング戦略です。
これはアンゾフ・マトリックスでは「市場浸透戦略」と「市場開拓戦略」を同時に行うようなイメージになります。
市場開拓戦略は、
- 新しい市場で既存製品を広めて新たな市場ニーズに対応する戦略
であり、手元にある製品を様々な市場セグメントで活用し尽くす方法です。
製品専門化戦略の例としては、
- 個人向け製品を業務用として法人にも販売する
- 業務用製品のパッケージを変えて個人向け製品として販売する
などがあります。
同じ製品を売るんですが、マーケティングミックス(4P)は流通チャネルを変えたり、製品の見た目を変えたりと、市場セグメントごとに調整を行います。
このような方法は、食料品、日用品、インフラ(電気・水道・ガス・通信など)などで良く見られます。
この製品専門化戦略の最大のメリットは、
- 規模の経済によるコスト削減
が期待できること。
規模の経済とは、
- 生産の規模が大きくなればなるほど製品1つあたりの平均コストが下がる状況
のことです。
単一の製品を限られたセグメントの人たちだけに売れば、生産する数も限られてしまいます。
しかし、複数の市場セグメントに対してマーケティングすることが可能であれば、生産数を伸ばすことができ、その結果として生産コストを大きく引き下げる可能性があります。
一方で、製品以外のマーケティングミックス(4P)は市場セグメントごとの対応となるため、マーケティングコストの効率化はあまり進みません。
市場専門化戦略
先ほどの製品専門化戦略とは逆に、単一の市場セグメントを複数の製品で満たし続けようとするのが「市場専門化戦略」です。
単一の市場セグメントに深く働きかけることで、
- マーケティング活動における経験曲線効果を得る
- 市場セグメント内での製品シェアだけでなくブランドや企業のシェアを高める
といったことを実現します。
これはアンゾフ・マトリックスでは「市場浸透戦略」と「製品開発戦略」を同時に行うようなイメージになります。
製品開発戦略は、
- 新しい製品で既存市場のシェアを高めようとする戦略
であり、既存の製品を軸にする形で、市場セグメントのニーズやウォンツを別の製品でもカバーできるように製品開発を行います。
このターゲティング戦略のデメリットは、「単一セグメントへの集中戦略」と同様で、
- その特定の市場セグメントに大きな変化があった場合に売上が激減する可能性
- 別の企業のイノベーションによって市場セグメントが消滅する可能性
- 大手企業の参入によって一気に形勢が逆転してしまう可能性
といった、市場セグメントへの依存によるリスクが存在していることです。
選択的専門化戦略
最初に説明した「単一セグメントへの集中戦略」を、複数の市場セグメントで展開するのが「選択的専門化戦略」です。
選択的専門化戦略は、単一セグメントへの集中戦略が成功し、資金的な余裕が生まれた場合に取るべき戦略になります。
集中型ターゲティング戦略(=単一セグメントへの集中戦略)に対してコトラー教授が指摘していた、
- その特定の市場セグメントに大きな変化があった場合に売上が激減する可能性
- 別の企業のイノベーションによって市場セグメントが消滅する可能性
- 大手企業の参入によって一気に形勢が逆転してしまう可能性
というデメリットは選択的専門化戦略によってカバーすることができるようになります。
また複数の異なる製品を手掛けることで、範囲の経済が働く可能性もあります。
しかしこの戦略にもデメリットがあります。
- 経営資源が分散してしまう
- 個別のマーケティングが必要になり効率化ができない
- 個別の製品を作る必要があり規模の経済が働かない
などが挙げられます。
経営者としては、儲かっている市場セグメントにすべての経営資源を投入することを諦める一方で、収益性が多少落ちても経営の安全性を高める、というトレードオフを行うことになります。
市場のフルカバレッジ戦略 = 無差別型・差別型ターゲティング戦略
「市場のフルカバレッジ戦略」は、経営資源が潤沢にある大企業にしか選択できないターゲティング戦略です。
市場のフルカバレッジ戦略では、考えられるすべての顧客に対して、複数のマーケティング戦略を同時展開するため、莫大なコストがかかります。
これは、コトラー教授の競争地位4類型の「マーケット・リーダーの戦略」に該当します。
マーケットリーダーの戦略は「守りの戦略」であり、
- 市場そのものを拡大させる
- 市場シェアを守り抜く
- 市場シェアを拡大させる
という3つのことを行います。
マーケットリーダーは、追随するチャレンジャーやフォロワーが特定の市場セグメントで勢力を拡大することを防がなくてはいけません。
そのため、潤沢な経営資源を使って、対応すべてきすべての市場セグメントでマーケティングを展開し、競合が付け入る隙を作らないようにフルカバレッジ戦略をとります。
コトラー教授によると、エーベル教授の「市場のフルカバレッジ戦略」は、
- 無差別型ターゲティング戦略(=無差別型マーケティング)
- 差別型ターゲティング戦略(=差別型マーケティング)
の2つに分けることができる、と著書で述べています。(「コトラー&ケラーのマーケティング・マネジメント 第12版 」p328)
まず「無差別型ターゲティング戦略(=無差別型マーケティング)」は、
- 単一製品のマーケティングミックス(4P)を市場全体に対して適用する
という事を行う、市場セグメント間の違いを無視したターゲティング戦略です。
これは、いわゆる「マス・マーケティング」であり、ポーター教授の「コスト・リーダーシップ戦略」にも通じる考え方です。
コスト・リーダーシップ戦略とは、
- 業界全体に対して圧倒的な低コストを武器に戦うコスト優位な戦略
のことで、
などを駆使しして、低コストを実現します。
無差別型ターゲティング(=無差別型マーケティング)も同様に、
- Product(製品):大量生産によって低コストを実現する
- Price(価格):低コストによる低価格で誰でも手に入るようにする
- Place(流通):大量流通でどこでも手に入るようにする
- Promotion(販売促進):マス広告で誰でも知っている状態を作る
という、大量生産・大規模販売で消費者一人当たりのマーケティングコストを下げながら、市場全体で圧倒的な地位を築くことを目指します。
そしてもう一つは「差別型ターゲティング戦略(=差別型マーケティング)」で、
- 個々の市場セグメントに対して個別の製品を開発しマーケティングを展開する
という方法です。
こちらは先ほど説明した、
- 製品専門化戦略
- 市場専門化戦略
の両方を同時に実現しようとする戦略であり、
- 個々の製品のコスト優位性を高める
- 個々の市場セグメントでの収益性を高める
といった両方のメリットが享受できる一方で、
- マーケティングコストの最大値が跳ね上がる
というデメリットがあるため、経営資源が潤沢な企業しか採用できない戦略です。