マーケットインとは、マーケティング調査から消費者のニーズ(Needs)やウォンツ(Wants)に基づいた製品開発およびプロモーションを行うことです。
そして、プロダクトアウトとは、研究開発による技術力などのシーズ(Seeds)を中心とした製品開発を行い、その製品に適切な市場に対してプロモーションを行うことです。
いずれも日本で生まれた和製英語で、英語圏では通じない言葉であることに注意が必要です。
両者の違いを比較すると、下記の表のようになります。
マーケットイン | プロダクトアウト |
マーケティング調査が起点 | 研究開発(R&D)が起点 |
消費者の声を製品に反映 | 独自の技術を製品に反映 |
市場の成長期に効果的 | 導入期や成熟期に効果的 |
同質化しやすい | 差別化しやすい |
またマーケットインとプロダクトアウトを一つの図で表すと、
となります。
ここではマーケットインとプロダクトアウトについて、わかりやすく解説します。
マーケットインとプロダクトアウトの違い
マーケットインとプロダクトアウトを比較すると、
- マーケットイン:消費者のニーズやウォンツを起点にマーケティングを行う方法
- プロダクトアウト:作り手の技術などのシーズを起点にマーケティングを行う方法
という違いがあります。
- 消費者中心のマーケティングがマーケットイン
- 作り手中心のマーケティングがプロダクトアウト
と考えても良いと思います。
どちらが優れているというわけではないので、両方のスタイルを状況に応じて使い分けるのが最も理想的だと言えます。(使い分け方については後述します。)
ニーズとウォンツとデマンドとシーズ
このマーケットインとプロダクトアウトを理解するためには、次の4つのマーケティング用語を理解しておく必要があります。
- ニーズ(Needs):消費者が持つ課題の解決や目的を達成する必要性
- ウォンツ(Wants):課題や目的を解決するための具体的な手段に対する欲求
- デマンド(Demands):特定の製品(プロダクト)に対する需要
- シーズ(Seeds):特定の製品(プロダクト)のベースになる技術
それぞれを「通勤」で例えると、
- ニーズ:自宅から会社まで通勤する必要性
- ウォンツ:電車で移動したいという欲求
- デマンド:〇〇鉄道の〇〇線の6ヶ月定期券の需要
- シーズ:安全な定期運行を実現する技術と旅客ノウハウ
となります。
こちらの記事で詳しく説明しているので、ぜひご覧ください。
ということで、ざっくりと理解したところで下の図を見てみましょう。
マーケットインは、
- ニーズ(Needs):消費者が持つ課題の解決や目的を達成する必要性
- ウォンツ(Wants):課題や目的を解決するための具体的な手段に対する欲求
などの情報をマーケティング調査(リサーチ)で拾い上げて、製品を開発します。
ニーズやウォンツを的確に満たすことで、スムーズにデマンドにつなげることができます。
一方でプロダクトアウトは、
- シーズ(Seeds):特定の製品(プロダクト)のベースになる技術
をベースとして製品開発を行い、その製品で満たせるニーズやウォンツを探す方法です。
この「シーズ」は、他のビジネス用語では「ケイパビリティ」や「コアコンピタンス」なども同様の意味になります。
ここからは、さらにマーケットインとプロダクトアウトのそれぞれについて詳しく解説します。
マーケットイン
マーケットインとは、
- 消費者のニーズやウォンツに基づいたマーケティングを行う方法
のことです。
同様の考え方として、
- ニーズ志向
- 顧客志向(Customer-oriented、カスタマー・オリエンティッド)
- 顧客主導型(Customer-driven、カスタマー・ドリブン)
- 顧客中心型(Customer-centered、カスタマー・センタード)
などがあります。(なお「マーケットイン」や「ニーズ志向」は日本特有の言い回しであるため、英語で表現する場合には気をつける必要があります。)
この「マーケットイン」という言葉は、1990年代の「失われた10年」と呼ばれる時代に生まれました。
1980年代までの日本は、ものづくりで世界を席捲(せっけん)して高度経済成長期を迎えました。しかし日本経済はバブル崩壊によって景気が後退し、「作れば作っただけ売れる」という時代は終わりました。
多くの企業が倒産し、日本国内は不景気に突入したことで、製品に対する消費者の目も厳しくなりました。そこで登場したのが「消費者のニーズをとらえ、消費者に必要とされるものを作る」という「マーケットイン」という考え方です。
財布の紐が固くなった消費者は、自分にとってより価値の高いものを選ぶようになりました。そのため企業は「消費者にとっての価値が何であるか」という命題に対して、それまで以上に真剣に向き合う必要が出てきたのです。
冒頭でもご紹介したように「マーケットイン」は、
- ニーズ(Needs):消費者が持つ課題の解決や目的を達成する必要性
- ウォンツ(Wants):課題や目的を解決するための具体的な手段に対する欲求
などをベースにマーケティングを行います。
ニーズのみを参考にする場合は、内容がウォンツほど具体的ではないので、得られる情報が広い分野に広がる一方で、製品カテゴリにとらわれない視点を得ることができます。またニーズへの対応では、消費者が持っている根本的な課題や目的に触れることができるため、市場に対する理解が深まります。
またウォンツのみを参考にする場合は、ニーズよりも絞り込まれた範囲でマーケティング調査を行うため、特定の製品カテゴリに対して深い洞察を得ることができます。またウォンツへの対応では、現在取り扱っている製品の改善や、幅広いターゲット層への対応を考えることができます。
成長市場で必要な考え方
マーケットインの考え方は、成長期の市場でもっとも力を発揮します。
成長市場では、顧客も参入する企業もどんどん増えている状態です。それぞれの企業は大きな資金投入をしながら、互いに市場のシェアを奪い合っています。
これはプロダクト・ポートフォリオ・マネジメント(PPM)では「花形」や「問題児」として戦っているような状況です。
このような市場では顧客も多様化しているため、様々なニーズやウォンツに対応しなければ競合他社にシェアを奪われてしまうかもしれません。
そこで有効なのが、マーケットインの考え方です。マーケティング調査を行うことで消費者のニーズやウォンツを把握し、製品の価値を高めることができます。
消費者の奴隷では同質化してしまう
しかし消費者(顧客)のニーズやウォンツに愚直に応えることにも落とし穴があります。
その落とし穴とは、
- 競合製品との同質化
です。
簡単に言えば、ニーズやウォンツを突き詰めれば突き詰めるほど競合他社と差別化が難しくなる、ということです。
同じ消費者に対して、同じようなマーケティングリサーチをすれば、同じような調査結果になることがほとんどです。
そして同じような調査結果をもとに製品を改善すれば、自社も競合他社も同じような製品になってしまいます。
このように、多数の競合がひしめくなかでマーケットインを実践すると「差別化できない(同質化する)」という危険性もはらんでいます。
流行りの製品が、どれも似たような値段で似たような機能になってしまうのもマーケットインが原因なのです。そして結局、値下げ競争や広告合戦に発展してしまい、体力がある企業が生き残るということも多く見られます。
このような状態を避ける方法の一つが、
- ミッション・ビジョン・バリューに基づいた意思決定
です。
「ミッション」「ビジョン」「バリュー」というのは、経営理念を表す言葉であり、その企業が「何をやるべきで、何をやらないべきか」を決定する要素になります。
経営理念がしっかり定まっている企業であれば、経営理念を実現するニーズやウォンツにのみ対応することができます。そのことが、競合他社とは違った製品開発を実現し、最終的に差別化につながります。
競合他社が少ないニッチ市場の場合では、マーケットインで顧客のニーズやウォンツに対応することが独占的な地位の維持につながります。
市場に競合が少ないため、先ほど説明した値下げ競争や広告合戦に陥りにくく、製品の改善が顧客満足度に直接つながります。
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プロダクトアウト
プロダクトアウトとは、
- 作り手の技術やシーズを起点にしてマーケティングを行う方法
のことです。
同様の考え方として、
- シーズ志向
- 製品志向(Product-oriented、プロダクト・オリエンティッド)
- 製品主導型(Product-driven、プロダクト・ドリブン)
- 顧客中心型(Product-centered、プロダクト・センタード)
などがあります。(マーケットインと同様に「プロダクトアウト」や「シーズ志向」の英訳には気をつけてください。)
この言葉は、売り手主導のものづくりに対する反省を込めて、
- マーケット(市場・顧客)の反対がプロダクト(製品)
- インの反対がアウト
ということで「プロダクトアウト」と呼ばれるようになりました。
日本が不景気になってしばらくは、「マーケットイン」がもてはやされる一方で「プロダクトアウト」は「よくないもの」のように扱われていました。
しかしその時代に世界で頭角を現したのが、皮肉にも「プロダクトアウト」を突き詰めたアメリカの企業でした。
日本の「失われた10年」真っ只中の1990年代の後半に生まれたのが、Google社です。そして、Apple社も同じ時期に不遇の時代を乗り越えて復活しました。
Google社は検索で培った技術力を武器に、これまでの広告になかった新しい「検索広告」というジャンルを開拓し莫大な利益を生み出しました。
またApple社もハードとソフトウェアを組み合わせた、消費者が想像していなかった革新的なサービス(iPodとiTunes、iPhoneとApp Storeなど)を次々と世に送り出しました。
このように技術力やノウハウを起点にして、世の中に大きな変化を起こすこともあるのが「プロダクトアウト」です。
潜在ニーズとイノベーション
最初に説明した「マーケットイン」のデメリットとしては、消費者のニーズやウォンツをベースにするため、製品改良が消費者の想像を越えることは少ないかもしれません。
一方で「プロダクトアウト」は、消費者の声や要望に従う必要はないので、作り手の主導で消費者が想像していないものを世に送り出すことができます。そのため、市場が生まれて間もない「導入期」や、市場に新しい波が必要となる「成熟期」に効果的な考え方と言えます。
1903年に、フォード・モーター・カンパニー を設立して、T型フォードという自動車で世界の車社会化を推し進めたヘンリー・フォード氏は、
If I had asked people what they wanted, they would have said faster horses.
もし人々に望むものを聞いたら、彼らは「もっと速い馬が欲しい。」と答えるだろう。
ヘンリー・フォード
という格言を残しました。
これはまさに「マーケットイン」に対する警鐘であり、消費者の声に耳を傾けることが、必ずしも消費者に大きな価値をもたらすとは限らないというメッセージです。
また近年では、2007年に、Apple社の創業者スティーブ・ジョブズ氏が「iPhone」を初めて世に発表した時も同様でした。
iPhoneが世の中に発表される前は、「物理的なボタンが無い携帯電話」はほぼ存在していませんでした。全ての携帯電話には、テンキー(数字キー)がついており、中には小型キーボードが搭載されているものもありました。
おそらく当時は「マーケットイン」で消費者のニーズやウォンツを調査すれば、
- もっと早く楽に文字を入力したい
- パソコンのようなキーボードが携帯電話にも欲しい
などの声が多かったはずです。
実際に当時は「BlackBerry」や「Palm」というビジネス向けの、キーボード付き携帯電話がアメリカを中心に高い人気を誇っていました。

「Macworld Conference & Expo 2007年1月9日」キーノートの映像より引用
しかしApple社が発表したiPhoneには、数字や文字を入力するためのボタンは付いていませんでした。
当時は多くの消費者がこのことを批判しました。しかし結果は、現在の様々なスマートフォンのデザインを見れば明らかです。おそらく現在の消費者に、当時のようなキーボード付きのスマートフォンを訴求してもあまり好まれないでしょう。
このように「プロダクトアウト」では、フォードやアップルのように、消費者自身が自覚していないニーズである「潜在ニーズ」にまで到達することが可能になります。
ひとりよがりな製品開発
しかし売り手・作り手の主導で作った製品は、いつも消費者の心に響くとは限りません。
プロダクトアウトのデメリットとしては、消費者のニーズやウォンツに届かないひとりよがりな製品が生まれる可能性も大きいことが挙げられます。
- 「良いものを作れば売れる」
- 「まだ誰も作っていないものを作れば売れる」
などという考え方がありますが、これには、
- 「ただし、消費者のニーズまたはウォンツにマッチした場合のみ。」
という但し書きが必要かもしれません。
先ほどのグーグル、アップル、フォードの例も、良いものや新しいものを作った結果、消費者のニーズやウォンツに刺さったためにデマンド(需要)が生まれました。
しかし、作り手の中には「自分が良いと感じる」ことを信じるがあまり、周りが見えなくなってしまう人や企業も存在します。
そういった場合には、これまでに世の中になかった新しい製品が消費者のニーズやウォンツにマッチせず、誰にも見向きされないということが起きてしまうかもしれません。
また既存製品の過剰な改善も、投資に見合わない場合があります。
家電製品などによく観られますが、使わない機能がたくさん付きすぎて価格も上がってしまったため、消費者が魅力を感じなくなってしまうことはその典型です。
この製品の過剰な改善については、「マーケティングマイオピア(近視眼的マーケティング)」でも指摘されています。
レビット教授は論文の中で、マーケティングマイオピアと呼ばれる「製品志向」の罠に陥ってしまう原因の1つとして、
- 研究開発・製品改善・製造コスト削減に夢中になってしまう
ことを挙げています。
このようなことにならないための対策としては、
- プロトタイピング
- テストマーケティング
などの手法を併用することです。
いずれの手法も消費者に試験的に製品やサービスを利用してもらい、そこから得た知見(フィードバック)を活かして製品開発を行います。
もちろんプロトタイピングやテストマーケティングの消費者の声が全て正しいわけではありません。しかし、消費者の率直な声を聞くことによって、作り手や売り手の認識と消費者の間にある隙間(ギャップ)を埋めることができます。
そうすれば、プロダクトアウトによる大ハズレのリスクを抑えることができます。
マーケットイン&プロダクトアウトまとめ
今回は「マーケットイン」および「プロダクトアウト」の違いについてご紹介しました。
それぞれ、
- マーケットイン:消費者のニーズやウォンツを起点にマーケティングを行う方法
- プロダクトアウト:作り手の技術などのシーズを起点にマーケティングを行う方法
という意味ですが、どちらもメリットデメリットが存在しています。
そのため、どちらか一方に偏りすぎることなく、場面や状況によってバランスよく使い分けたり、併用することも重要です。
マーケットインってどういう意味?
マーケットインとは、
- 消費者のニーズやウォンツに基づいたマーケティングを行う方法
のことです。
- ニーズ(Needs):消費者が持つ課題の解決や目的を達成する必要性
- ウォンツ(Wants):課題や目的を解決するための具体的な手段に対する欲求
マーケットインの特徴は、
- マーケティング調査が起点になる
- 消費者の声を製品に反映する
- 市場の成長期に効果的
- 競合他者と同質化しやすい
などが挙げられます。
プロダクトアウトってどんな意味?
プロダクトアウトとは、
- 作り手の技術やシーズを起点にしてマーケティングを行う方法
のことで、「マーケットイン」という言葉の後に生まれました。
プロダクトアウトの特徴としては、
- 研究開発(R&D)が起点になる
- 独自の技術を製品に反映する
- 導入期や成熟期に効果的
- 競合他社と差別化しやすい
などが挙げられます。
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