マーケターにとって望ましい「バランス需要」
まずもっとも望ましい需要の状態は、
- バランス需要:需要と売り手の供給量が一致している状態
です。
バランス需要では、
- 消費者が実際に製品やサービスを利用する量
- 自社が消費者に製品やサービスを提供している量
の両方が、ちょうど一致しているような状態です。
自社にとっては、消費者が提供するものを全て消費してくれるので、無駄な在庫や固定費がほとんど発生しません。さらに欠品などの機会損失も最小限に抑えることができます。そのため、利益は最大化されます。
適切なマーケティングが実現できれば、この「バランス需要」の状態が維持されます。
マーケターが回避したい4つの需要
マーケターが回避すべき需要は、
- 過剰需要:需要が大きすぎて供給が追いつかない状態
- 変動需要:季節変動など需要そのものに波がある状態
- 減少需要:消費者がその製品を購入する頻度を減らしている状態
- 逆需要:消費者はその製品を好まないどころか避けたい状態
の4つになります。
過剰需要
過剰需要は、一見すると良いことのようにも思えますが、実際は様々な損失が生まれています。
提供している製品やサービスの供給が需要を下回っていると、必要とする人がいても製品やサービスが届かないことが発生します。
消費者が必要な時に手に入らないと分かれば、不満や不信につながります。さらに消費者は競合他社が提供するものや、代替品で需要を満たそうとするため、顧客を奪われる可能性もあります。
意図しない過剰需要は、市場規模の見積もりミスや、QCDの不一致などで起こります。また、メディアの取材の影響や、著名人などのインフルエンサーによる話題の取り上げなど、予測が難しい事態でも需要の急増が起こります。また誰もがわかっていても、過剰需要が起こることもあります。例えば高齢化による介護サービスの需要増は、政府として予測ができているのに十分な対応ができていません。
一方で、意図的に過剰需要を生み出して、飢餓感を演出する手法も存在しています。限定商品があっという間に完売してしまい、それが報道されて次回入荷時に爆発的に売れる現象などが該当します。他にも、予約がなかなか取れないというレストランが紹介されて、さらに予約が殺到するような現象も同様です。
これは手に入らない(利用できない)ことが、
- 消費者の不満につながらない
- 他社に消費者を奪われない
ことが前提になります。
このような意図的な過剰需要を利用して上手く利益を上げる会社は、「模倣困難性」の高い経営資源を持っています。
もしあなたの会社の経営資源の模倣困難性が特別高いわけでなければ、まずはバランス需要を目指すのが良いかもしれません。
変動需要
変動需要は、売れる時期に周期性のある製品やサービスによく見られます。
具体例としては、
- 季節で需要の偏りがあるもの:海水浴関連品、スキー用品、花火、おでんなど
- イベント前後で売れるもの:クリスマス、ハロウィン、入学式、卒業式など
- 毎月の利用時期が偏っているもの:銀行、理髪店など
- 毎日の利用時間が偏っているもの:レストラン、コンビニ、公共交通機関など
などです。
需要がタイミングによって変化する市場は、供給側に大きな負担がかかります。そしてその負担は、変化のサイクルが長く大きくなるほど対応が難しくなります。
例えば、数日間で年商の9割の売り上げが発生する事業と、毎日朝と晩に客の波がある事業では、後者の方が負担が小さくなります。
ピーク時とそれ以外の期間の需要量の差が大きければ、
- 需要ピークに合わせるとそれ以外の期間で無駄なコストが大きくなる
- 需要ピーク以外に合わせるとピーク時に大きな機会損失が出る
というジレンマが起こります。
この需要の波を乗り越えてジレンマを最小限にするためには、
- 需要のピークだけに対応する
- 需要を平準化する(一定にする)
- 需要のピークに対応しない
の3つの対応策ががあります。
まず需要のピークだけに対応する場合の具体例としては、「夜だけ営業する」「週末だけ営業する」ような飲食店です。多くの居酒屋は夕方から夜中にかけて営業を行うことで、需要の少ない朝と昼に出る損失を抑えています。また人気のレストランでも、週末だけオープンするお店があります。
次に需要を平準化する方法ですが、これができれば事業が安定し収益も向上しやすくなります。具体的には、夏の需要が高いアイスクリームで、ロッテが冬に売れる「雪見だいふく」を開発して需要の波を抑えた例などが該当します。他にも、多くの会社でオフシーズンやオフピーク時にも売れる製品開発に取り組んでいます。
もう一つは需要ピークに対応しない、という方法もあります。これは前述した「模倣困難性」の高い経営資源を持っている企業の方が実行しやすいようです。また人材不足などで需要のピークに対応できない、というのもこちらに該当します。先ほどの過剰需要の説明と同じですが、製品やサービスが提供されなかったとしても、消費者が不満を抱かなければ損失は最小限で済みます。
減少需要
減少需要は、市場が衰退しているときに見られる、徐々に需要が減っていっている状態です。
需要が減少する理由としては、
- 利用者数が減少している
- 利用頻度が減少している
- 代替品に顧客が移っている
などが考えられます。
利用者数の減少や利用頻度の減少の原因として、一番影響が大きいのは人口の変化です。市町村が過疎化して人口が減れば、需要が大きく減ります。少子化で若年層の人口が減ってしまえば、若年層向けの製品やサービスは減少する傾向にあります。またライフスタイルの変化も、大きく影響します。喫煙者の減少によって、タバコの売り上げは減少しますが、タバコを辞めた人が必ず何か別のものを吸っているわけではありません。
一方でニーズなどには変化がないものの、代替品によって需要が減少していることもあります。具体例としては、パソコンの普及によってワープロの需要がなくなってしまったことや、スマートフォンの普及でコンパクトデジタルカメラの需要がなくなってしまったことなどが挙げられます。
この減少需要への対応として、利用者そのものの減少には新たな消費者の開拓が必要になります。また、代替品よりもより価値の高い製品やサービスの開発も必要になるかもしれません。
逆需要
4つの回避すべき需要の中で、もっとも厄介なのがこの逆需要です。
逆需要が起きると、
- 消費者が自社の製品やサービスを好まない
- 消費者が自社の製品やサービスを避けようとする
- 消費者が自社の製品やサービスを避けるために追加コストを支払う
という状況になります。
通常は、悪い評判やクチコミが広まってしまった場合に逆需要の状態に陥ります。顧客が個別に好まないだけであれば、大きな影響はありません。しかしクレーム対応に失敗して炎上したり、多くの顧客が同じ不満を持つようになると、製品やサービスを「好まない」「避けようとする」ような状況になります。これは製品やサービスだけでなく、ブランドそのものにも影響を与えます。
さらに悪い状況は、顧客が製品やサービスを避けるために追加のコストを払うような逆需要が起こった場合です。これは企業で大きな不祥事が起きた時などに起こります。
例えば2014年の食品消費期限切れ問題では、マクドナルドが逆需要に陥りました。
不衛生な鶏肉を食品加工に使っている映像が報道されたことで、その食品加工会社を使っていた企業に逆需要が起きました。その逆需要の影響がもっとも大きかった企業の一つが日本マクドナルドです。
マクドナルドのチキンナゲットは人気の高い製品の一つですが、この事件が起きたことで需要が大きく落ち込みました。チキンナゲットを好んでいた消費者は、チキンナゲットを食べるのを控える人もいましたが、
- 遠くまで足を運んで別のチキンナゲットを買いに行く
- 少し値段が高くても安全安心なチキンナゲットを買う
など、追加のコストを払ってまでマクドナルドのチキンナゲットを避ける人もいました。その後、マクドナルドの安全性や信頼は回復しましたが、当時の逆需要による損失は大きかったと思います。
このような強い逆需要は滅多に起こりませんが、一度逆需要が起こってしまうと、元に戻すために非常に大きな労力を費やさなければなりません。