手続きコスト(物理的コスト)
手続きコストとは、別の製品やサービスに切り替えるための手間暇のことです。
「物理的コスト」とも呼ばれますが、必ずしも物理的な負担ばかりではないので、ここでは「手続きコスト」と呼びます。
英語では「Procedural Switching Costs(プロシージャル・スイッチング・コスト、手続き的切り替え費用)」と呼ばれます。
さらに手続きコストは、
- 探索コスト:新たに切り替える製品やサービスを探すための負担
- 移動コスト:切り替えることによる物理的な移動距離の変化
- 作業コスト:切り替えに必要な書類手続きなどの作業
- 学習コスト:切り替え後に新たに覚えなければならないことへの負担
の4つに分けることができます。(ちなみに「時間コスト」を独立させて考える方法もありますが、4つのコストにはどれも時間が必要なので、ここでは全てに含むものとして考えます。)
これらの手続きコストは、顧客自身が実際に行動に移すまでその手間暇の負担を見積もることが難しく、金銭的コストよりも軽視されることがあります。
例えば、たった数円の安さのために遠くのスーパーまで特売品を買いに行ったり、たった数パーセントの値上がりのために遠くのガソリンスタンドで自動車の行列を作ったりする消費者も少なくありません。
このように顧客が経済的な合理性で行動しないことも想定して、手続きコストを考える必要があります。
探索コスト
探索コストとは、顧客が新しく切り替えるための代替製品や代替サービスを探すためのコストのことです。
顧客が新しい製品やサービスに切り替えるためには、その代わりになる製品やサービスを見つけなければいけません。
その新しく検討している製品やサービスが見つかれば、
- どのような機能の違いがあるのか?
- どれくらい価格に違いがあるのか?
- どのような評判なのか?
などなど、いま使っている製品やサービスと比較検討する必要があります。
この探索コストにどれだけ手間隙をかけるかは、顧客の「関与度」によって変わります。
関与度とは、
- 顧客と製品やサービスの結びつきの強さ
のことで顧客の「関心の高さ」や「こだわり」として行動に現れるものです。
顧客にとって「どうでもいいもの」つまり、関与度が低い製品やサービスに対しては、探索コストをあまりかけることはしないでしょう。一方で、顧客にとって関心が高く重要なものは関与度が高いため、通常よりも多くの探索コストをかけるはずです。
近年ではインターネットの普及によって、探索コストが大きく下がりました。そのため表面的な情報を収取するだけであれば、あまり大きな負担がかからない環境になっています。
しかし、実際に五感で体験しなければわからないものも、まだまだ多く残っています。
例えば先ほどのスポーツジムで言えば、
- スポーツジムの雰囲気
- スタッフの接客態度
- ジム利用者の客層
などは、実際にそのスポーツジムに足を運んでみなければわかりません。「無料体験」などをして顧客自身が手間暇をかけて情報を収集しなければ、比較することが難しいかもしれません。
このように顧客自身が「体験」しなければ確認できないような、探索コストの大きい製品やサービスに対しては、売り手側は体験してもらうためのコストをいかに下げるかが重要になります。
また逆に、製品やサービス自体の価格が非常に低いものは、探索コストとして実際にスイッチングしてから確認することもあります。
価格に低い日用品や消耗品であれば、探索のために購入して使用してみて、ダメであれば元の製品に戻る、ということがあります。
これを発展させたものが「試供品」や「サンプル品」の配布です。使ってみなければわからない製品は、さらにハードルを下げるために、プロモーションの一環として製品そのものを配布することがあります。
移動コスト
移動コストとは、顧客が新しいものに切り替えた場合に発生する、物理的な移動距離の変化のことです。
このコストは、主に実店舗で提供されるサービスなどに適用されます。しかし実店舗で提供されない製品やサービスについても、修理の受付窓口や相談窓口などの移動コストについて考えなければいけません。
例えば、新しく通うスポーツジムを検討するときに、
- いま通っているジムより遠くにあるスポーツジム
- いま通っているジムより近くにあるスポーツジム
の2つがあった場合は、顧客にとって遠くにあるスポーツジムの方が移動コストが高くなります。
そのため少なくとも、
- 新しく通うスポーツジムに切り替える価値 > 増加する移動コスト
という状態にならなければ、顧客はスイッチングをしてくれません。
逆に、顧客がいま通っているジムより新しく検討しているジムの方が近ければ、「距離」という要素が、
- 顧客の移動を減らすという価値
に変わります。
このように移動コストについては、他社から顧客を奪おうとする場合には、スイッチングコストだけでなく、製品やサービスの価値そのものにも影響を与えます。
作業コスト
作業コストとは、顧客が切り替えを行うための書類手続きなどの様々な作業による負担のことです。
多くの製品やサービスでは、作業コストは発生しません。買って、使って、気に入らなければ使うのをやめるだけです。
しかし契約が伴う製品やサービスには、作業コストが発生することがほとんどです。
例えばスポーツジムで考えると、
- 入会手続き
- 口座振替やクレジットカード登録手続き
- アンケートへの回答
- 退会手続き
などの作業が必要になります。
これが賃貸物件の契約などになると、もっと面倒です。一回の引越しで、様々な書類を記入して、審査が通ったら、説明を聞いて、また書類を書いて…というように、膨大な作業コストが発生します。
他にも身近な例として、ポイントカードの登録なども該当します。ポイントカードを作るのに個人情報が一切必要ないものもあれば、氏名・誕生日・住所・年齢…などなど多くの個人情報を聞いてくるものもあります。もちろん顧客がポイントカードから得られるメリットが、その作業コストを上回っていれば問題ありませんが、そうでなければ売り手側が目先の情報収集で顧客を逃すケースも多くあります。
学習コスト
学習コストとは、顧客が新しく切り替えた製品やサービスについて、新たに覚えなければならないことに対する負担のことです。
先ほどのスポーツジムの例では、
- 新しく通うスポーツジムの設備の使い方を覚える
- 新しく通うスポーツジムのクラスの曜日を覚える
- 新しく通うスポーツジムのスタッフの名前を覚える
- 新しく通うスポーツジムの暗黙のルールを覚える
ことなどが必要になります。
この他にも生活するには、様々な学習コストを払わなければなりません。家電製品を買い換えれば、機能や使い方を覚えなければなりませんし、新しいレストランを教えてもらったら、道順を覚えなければならないかもしれません。
近年でこの学習コストの影響が見られたのは、スマートフォンの登場です。
2000年代の後半からスマートフォンが徐々に普及し始めましたが、スマートフォンの「物理的な番号ボタン(テンキー)が存在しない」という特徴は学習コストを大幅に高め、多くの人にとってスマートフォンへの切り替えの大きなハードルとなりました。
結果的には、スマートフォンがもたらす新しい価値がスイッチングコストを上回ったため、スマートフォンが多くの人に普及しました。逆に言えば、スマートフォンの新しい価値は、それほどまでに大きかったと言えるのかもしれません。