選択的歪曲
消費者は与えられた情報をそのまま受け取るわけではありません。
消費者は、
- 与えられた情報を自分の都合のいいように解釈する
ことが知られています。これを「選択的歪曲(Selective distortion、セレクティブ・ディストーション)」と呼びます。
この存在を裏付ける実験の一つが「ブラインドテスト」です。ブラインドテストとは、被験者に一切の情報を与えずに、商品やサービスを選択してもらう実験のことです。
具体例としては、2010年代に日本コカコーラが行った「綾鷹」というペットボトルの緑茶のプロモーションがわかりやすいかもしれません。
「綾鷹」のCMでは、板前や舞妓などを100人ほど集めて、複数のメーカーのペットボトルの緑茶を飲み比べてもらうという内容です。
被験者にはどのお茶がどのブランドなのかは明かされておらず、「選ばれたのは、綾鷹でした。」というフレーズとともに、ブラインドテストで綾鷹が選ばれたことが示されます。
これは「選択的歪曲」を可能な限り避ければ「綾鷹」が選ばれるということです。しかし逆に言えば、当時の綾鷹は消費者に「選択的歪曲」されてしまうと、他のペットボトル緑茶ブランドに勝てなかったということになります。
1990年にアメリカで行われた実験では、被験者に「ダイエット・コーク」と「ダイエット・ペプシ」を目隠しで味見をさせたところ、好みが50%ずつに別れたのに対して、ブランド名を明かした状態で味見をさせると、被験者の65%が「ダイエット・コーク」を選んだという結果もあります。
このように、消費者は自分が好きと思っているものに対しては、「味」などの情報でさえも歪曲して解釈することがあります。
製品やサービスだけではありませんが、人は自分が良いと感じているものに対しては、どんな情報でも好意的に理解する傾向があります。そのため、顧客満足や顧客ロイヤリティを高めることは、顧客の選択的歪曲を機能させて、マーケティング活動を有利に進める要因になります。
選択的記憶
消費者は情報の刺激に反応し、情報を解釈したとしても、それが必ず記憶に残るわけではありません。
その一方で、消費者自身の「信念」「態度」「価値観」などに沿った情報は、覚えている傾向にあります。このことを「選択的記憶(Selective memory、セレクティブ・メモリー)」と呼びます。
例えば、ある消費者がいずれも1度だけ訪れたことのある、
- 料理も接客も良くてまた行きたいと思っているレストラン
- 料理も接客もひどくて二度と行きたくないレストラン
- 何も感じなかったレストラン
があったとすれば、「良くてまた行きたい」レストランや「ひどくて二度と行きたくない」レストランの記憶は強く残るはずです。
その一方で、「何も感じなかった」レストランについては、時間が経てばそもそもそんなレストランがあったかどうかすら記憶に無いことが多いでしょう。
このようにどのレストランも1度しか足を運んでいないにもかかわらず、消費者自身の「信念」「態度」「価値観」に引っかかる部分があるレストランは、良くも悪くも記憶に残ります。
炎上マーケティング
おそらくほとんどのマーケターは、消費者の持つブランドに対する印象を悪くしたくないので、顧客満足が高まるような情報や価値の提供を行い、記憶に残るように努めると思います。
しかし選択的記憶を逆手に取って「炎上マーケティング(炎上商法)」を行うマーケターも存在しています。
炎上マーケティングとは、
- 消費者の否定的な感情を意図的に作り上げて知名度を高めるマーケティング手法
のことです。
この炎上マーケティングは、消費者の「信念」「態度」「価値観」などに反する情報を与えることで、選択的記憶を促進させます。
例えば「毒舌キャラ」を演じているタレントや芸能人などは、SNSや公共の場で否定的な発言や行動を繰り返して知名度を向上させようとします。毒舌な物言いがネットで話題になったり、番組内での発言がメディアで取り上げられたりすれば、消費者の記憶に顔や名前などが残るので、結果的にタレントとしての価値が高まることがあります。
しかしこの手法は、失敗するとブランドを毀損するという危険性も秘めています。
そのため、マイナスの印象でも価値が高まる(例えば、毒舌タレントという立場が番組出演者に多様性をもたらして番組そのものの価値が高まることや、毒舌政治家という立場が一部有権者の支持を得て選挙の当選確率が高まること)などの利点がない限りは、リスクに見合う効果を得ることができません。