B2B市場の企業顧客は、
- 価格志向顧客:価格を重視する顧客
- ソリューション志向顧客:効果や信頼性を重視する顧客
- ゴールド・スタンダード顧客:品質やパフォーマンスの基準を持つ顧客
- 戦略的価値顧客:パートナーとして長期的な関係性を望む顧客
の4つのタイプに分類できると言われています。(「コトラー&ケラーのマーケティング・マネジメント 第12版 」p269 参照)
また似たような分類方法として、
- バイイング志向:視点が短期的で安く調達したい顧客(≒ 価格志向顧客)
- 調達志向:供給業者と協力して品質改良とコスト削減を求める顧客(≒ ソリューション志向顧客)
- サプライチェーン・マネジメント志向:サプライチェーンで戦略的に価値を高めようとする顧客(≒ 戦略的価値顧客)
の3つの購買志向に分ける考え方もあります。(ジェームス・C・アンダーソン&ジェームス・A・ナラス 著「Business Market Management: Understanding, Creating and Delivering Value 」、「コトラー&ケラーのマーケティング・マネジメント 第12版」p272 参照)
マーケターとしてB2B市場に製品やサービスを売り込むためには、組織の購買意思決定を行う「購買中枢」の購買スタイルを見極めることが重要です。
しかし同様に、購買中枢の個人だけではなく、顧客企業としての購買スタイルも見極めて提案を行う必要もあります。
とにかく価格を重視する顧客、価格だけでなく製品やサービスがもたらす効果を気にする顧客、最高の品質を求める顧客、事業の戦略的なパートナーとしての関係を望む顧客など様々です。
ここでは企業顧客の代表的な4つのタイプと、それぞれの顧客への対応について説明します。
価格志向顧客
価格志向(Price-Oriented)顧客とは、
- 価格をもっとも重視する顧客
のことです。
別の分類ではバイイング志向(Buying-Oriented)とも呼ばれ、購買担当者は製品やサービスの基準を満たし安定供給されれば、安く調達するほど社内での評価が高まります。
そのため、このタイプの顧客は、供給業者を比較し、競争させ、可能な限り価格を下げようと圧力をかける傾向にあります。
その手法(戦術)としては、
- コモディティ化:「消耗品なんだから価格次第だ」と供給業者に迫る
- マルチソーシング化:「他の業者からも調達できる」と代替業者を挙げる
などがあります。
顧客がこのような価格志向になってしまう理由としては、
- 対象の製品やサービスが価格以外で差別化しにくい
- 顧客がコスト競争力の重視される業界に属している
- 買い手である顧客の交渉力が強くなっている
といったことが挙げられます。
もし顧客が購買を検討している製品やサービスが、どの供給業者も価格以外の面でほとんど同じであれば、顧客としてはより価格の低いものを望むことになります。
また顧客自身が価格競争に巻き込まれていたり、コスト競争力が競争優位につながる業界に属している場合でも、価格志向の購買を行いやすくなります。顧客は同じものでもより安価に調達することができれば、それがそのまま顧客の利益につながります。
他にも業界構造として、顧客の供給業者に対する交渉力が高まっている場合も考えられます。例えば、供給業者にとって、その顧客が数少ない取引先の一つであれば、顧客を失うことが大きな損失につながります。そうなれば足元を見て価格交渉をする顧客も現れます。顧客は取引を続けることと引き換えに、価格を下げる圧力をかけてくるかもしれません。
売り手や買い手の交渉力については、ファイブフォース分析の記事もご覧ください。
取引販売での対応
このような価格志向の顧客に対しては、
- 購入できる量を制限する
- 払い戻しをしない・返品を受け付けない
- 価格調整をしない
- アフターサービスを提供しない
といった取引販売(Transactional selling)での対応が考えられます。
もし、とても低い金額で契約をしてしまって、その後も際限なく低価格で購買されると大きな損失につながってしまいます。そのような場合には、顧客が購入できる量を契約で制限するという方法が考えられます。初回の一定量は安く販売するといった対応も、同様の考え方になります。
また安く販売する代わりに、全て買い取ってもらう(払い戻しはしない)というのも一つの方法です。大量に買ってもらう約束で価格を下げても、返品されてしまうと目も当てられません。そういったことを避けるためにも、安く販売する代わりに返品などを受け付けないという契約にする方法があります。
同様に、低い価格を設定する代わりに価格調整を一切しないという方法もあります。
価格調整とは、
- ボリュームディスカウントや現金値引きなど条件と引き換えに価格を調整すること
です。
低価格を実現する代わりに、条件による値引きを一切受け付けないことにすれば、さらに安く買い叩かれることを避けることができます。
他にもアフターサービスなど、追加で必要となるコストを省くことで低価格を実現したり、別料金にすることで本体の低価格を実現する方法もあります。
ソリューション志向顧客
ソリューション志向(Solution-Oriented)顧客とは、
- 製品やサービスの効果や信頼性を重視する顧客
のことです。
ソリューション志向の顧客は、価格志向顧客のように低価格であることを望みます。しかしそれ以上に、製品やサービスがもたらす効果や信頼性も重視する傾向にあります。
別の分類では調達志向(Procurement-Oriented)とも呼ばれ、購買担当者は製品やサービスの継続的な品質改良やコスト削減を求める傾向にあります。
顧客がソリューション志向顧客になる理由としては、
- 価格と品質が必ずしも比例しないものを調達しようとしている
- 調達のための費用よりもそれ以外の費用の影響が大きい
といったことが考えられます。
どの供給業者で購買しても結果が同じなら顧客は価格に敏感になり、先ほど紹介したような価格志向顧客になってしまいます。しかし同じ価格だったとしても事業への影響にばらつきがあれば、価格だけでなくその製品やサービスがもたらす効果や信頼性も重視するようになります。
また、製品やサービスはそれだけで完結しないものもたくさんあります。
例えば、大量の製品を工場に導入するとしても、その製品の価格だけでなく、運搬費用・設置費用・トレーニング費用・メンテナンス費用などなど、その製品を導入することに伴う様々な費用が長期に渡って必要になります。このような場合には、いくら製品を低価格で購買できたとしても、その他のコストが嵩むことで割安感がなくなってしまいます。
そのためソリューション志向顧客は、製品やサービスがもたらす効果と、付随する様々なコストをトータル的に考慮して、価格が安いか高いかを判断します。
コンサルティング販売での対応
このようなソリューション志向顧客への対応は、
- コンサルティングで顧客の課題を解決することで価値を高める
ようなコンサルティング販売(Consultative selling)が適しています。
これは、価格志向顧客への対応のような「省いて安くする」といった方法の真逆で、「別の価値を加えて相対的に安く感じさせる」という方法になります。
例えば、製品やサービスの導入に必要な移行作業や、導入に伴う従業員のトレーニングなどもトータルに請け負うことで、顧客の心配事が減って価格の割安感が高まります。
また在庫管理や受発注作業が煩雑になるような製品であれば、供給業者が在庫管理システムや自動受発注システムを提供することもあります。
このように顧客が持つ課題をコンサルティングによって把握し、課題を解決するソリューションを提供することで、取引全体での割安感や価格への納得感を与えることができます。
ゴールド・スタンダード顧客
ゴールドスタンダード顧客とは、
- 製品やサービスの品質やパフォーマンスに高い水準を持つ顧客
のことです。
「ゴールド・スタンダード(Gold standard)」を日本語に訳すと、
- 金本位制:金を通貨価値の基準とする貨幣制度
- 至適基準:比較の基準になる方法や手段のこと
といった意味がありますが、ここでのゴールドスタンダードは後者の「至適基準」に近い意味になります。
つまり、顧客自身が製品やサービスの品質やパフォーマンスに関する「ゴールドスタンダード(適切さの判断基準)」を持っているので、その基準を満たすものであれば購買を検討するし、基準を満たすことができなければ購買に至らないような顧客を指します。
このような顧客は、
- 精密機器を取り扱う業界
- 厳しい安全基準を満たさなければならない業界
などで戦っている顧客に多く見られます。
ゴールドスタンダードを重視する顧客は、顧客自身が生み出す製品やサービスに供給業者の製品やサービスの品質が大きな影響を与えることを理解しています。そのため、購買に対して非常に厳しい評価基準を設けて、自分たちの製品やサービスの質が下がるリスクを抑えようとします。
品質販売での対応
このようなゴールドスタンダード顧客に対しては、
- 顧客の評価基準を理解して顧客の期待を上回る品質を提供しつづける
といった品質販売(Quality selling)での対応が要求されます。
まず最も重要なのは、製品やサービスそのものの品質です。供給業者は日々のたゆまぬ改善によって、常に品質を最高のものに高めておく必要があります。そうすることでゴールドスタンダード顧客の高い要求にも答えることができつようになります。
しかしそれだけでなく、販売前後のサポートや納品の信頼性も重要です。ゴールドスタンダード顧客は製品やサービスそのものだけでなく、それに付随する事柄に対しても厳しい目を向けます。そのため全てにおいて高い品質を維持し、抜かりなく顧客の期待に応えることが重要です。
戦略的価値顧客
戦略的価値(Strategic-value)顧客とは、
- 供給業者にパートナーとしての戦略的な関係性を求める顧客
のことです。
この戦略的価値顧客は、製品やサービスそのものの価値だけでなく、供給業者を長期的な関係性を築くべきパートナーとして考えていて、顧客の事業戦略の遂行にとって重要な役割があると考えています。
別の分類ではサプライチェーン・マネジメント志向(Supply chain management Oriented)とも呼ばれ、原材料の調達から最終顧客への納品まで、サプライチェーンの一連の流れをシームレスに繋ぐことで価値を高めようとします。
このような顧客は、
- 供給業者との密な連携が競争力につながる業界
- 供給業者の数が限られていて業務提携が戦略につながる業界
などに存在しています。
戦略的価値顧客は、供給業者の提供する製品やサービスが、顧客の製品やサービスの競争力の一部を担っている可能性があります。そのため、供給業者を1つに絞りと戦略的な提携関係を結ぶことで、競争力の維持や強化を目指します。
また、供給業者の数が限られている業界では、供給業者の確保が事業継続のための死活問題になるため、供給業者を戦略上のパートナーとして長期的な関係性を構築しようとします。
企業販売での対応
このような戦略的価値顧客への対応は、
- 大きな取引量や長期にわたる取引を条件とした契約
を取り付ける企業販売(Enterprise selling)を目指します。
供給業者は特定の顧客と戦略的なパートナーになるということは、多くの経営資源をその顧客に費やすことになり、連携がうまくいかなかった場合や契約が切られた場合に大きな損失を招くかもしれません。
そういったリスクを小さくするためにも、供給業者は企業販売によって顧客に大きな販売ボリュームを約束させたり、長期間の契約を条件にすることが考えられます。
例えば、食品加工業者が特定の農家から独占的に原料を調達する代わりに、農家は長期に渡って一定以上の価格で全数買取をしてもらうことを約束させます。
企業顧客タイプの見極め
ここまで4つの企業顧客の購買タイプをご紹介しましたが、営業担当者やマーケターは比較的早い段階で顧客がどのタイプなのか見極める必要があります。
例えば、価格志向の顧客に対して、課題を解決する提案をアレコレしても「余計な世話は必要ないから、その分安くしてくれ。」と言われるかもしれません。逆に、ソリューション志向顧客に対して価格が安いことだけをアピールしても「安いけど、万が一の時が心配…。」と敬遠されてしまいます。
これは「QCD(品質、コスト、デリバリー)」のバランスの問題でもあります。
QCDとは、
- Quality:品質
- Cost:コスト
- Delivery:デリバリー
の頭文字で、製品やサービスの提供で重視される3つの視点です。
企業顧客のタイプによって、これらのQCDが求められるバランスが異なります。
そのバランスの違いを知るためには、顧客が置かれている業界の構造や、顧客が直面している課題やニーズを理解する必要があります。
その上で、企業顧客のタイプに合わせたマーケティング戦略を考えることが重要です。