社会人なら一度は耳にしたことがある(かもしれない)分析フレームワークの「SWOT分析」。このSWOT分析を戦略立案に活用するために考えられたのが、「TOWS(トウズ)マトリックス」と呼ばれる分析フレームワーク。
日本では「クロスSWOT分析」と呼ばれて、親しまれている戦略フレームワークです。1982年にこのTOWSマトリックスを考え出したのが、ハインツ・ワイリック教授。
このワイリック教授の論文に掲載されているクロスSWOT分析の方法を「本家版クロスSWOT分析」としてご紹介したいと思います。
本家版クロスSWOT分析のやり方は、
- 企業プロフィールの用意
- 外部環境の特定と評価
- 外部環境の未来を予測する
- 強みと弱みを審査する
- 選択肢を作る
- 戦略的に選ぶ
- 一貫性の確認と緊急対応計画
です。ここでは上記手順について、わかりやすく説明します。
また、ここではハインツ・ワイリック教授が学術誌で発表した論文「The TOWS Matrix – A Tool for Situational Analysis(訳:TOWSマトリックス – 状況分析のためのツール)」に、どんなことが書かれているのかについても解説します。
クロスSWOT分析のやり方
クロスSWOT分析の考案者であるワイリック教授は、TOWSマトリックス(クロスSWOTマトリクス)による状況分析について、
- TOWSマトリックスは脅威や機会に対して企業の弱みや強みをマッチさせるためのもの
- ただしマッチさせるだけなら新しさは無い
- 4つの要因の関係性をシステム的に明らかにし戦略の基礎とすることが新しい
というような趣旨の内容を述べています。
つまり単純に4つの要素を組みわせて戦略を作るだけではなく、その組み合わせに手を加える仕組みも備わっているということです。
この組み合わせること以外の仕組みは、
- 時間軸の概念
- 要素の対応表
です。これらについては後ほど詳しく説明します。
状況分析の3つの視点
TOWS分析(クロスSWOT分析)には3つの分析方法があります。
- 重要な問題を特定するための分析
- 企業の目的と目標を起点とした分析
- 機会に焦点を絞った分析
「重要な問題を特定するための分析」については、アルバート・ハンフリー氏のSWOT分析の流れを汲んだ分析方法です。
「企業の目的と目標を起点とした分析」については、現在の汎用化したSWOT分析に近い分析方法と言えます。一般的なSWOT分析を行なった後に、さらに掘り下げるために TOWS分析を行うのであれば、このタイプの分析方法になります。
「機会に焦点を絞った分析」については、将来起こりうる機会を逃さないように、後述するSO戦略やSW戦略を中心に考えます。
集めた情報を分類する

The TOWS Matrix – A Tool for Situational Analysis, Figure 2, Weihrich (1982) より引用
この章で最初に登場するのが、このTOWSの図です。分析の手順も表の中に書き込まれていて、不思議な図になっています。
- 経済
- 社会
- 政治
- デモグラフィック
- 製品と技術
- 市場と競争
現在の外部環境について調査を行います。PEST分析、マーケティングの3C分析などが項目として近いと思います。
外部環境の調査を行う流れで、それが将来的にどう変化するのかも予測しておきます。
このステップでは、先ほどの外部要因と内部要因を掛け合わせて、4つの戦略を作ります。
こちらの図の黄色い部分を埋めていく作業になります。
ここでは後述する「インタラクション・マトリックス」が役に立ちます。SWOT分析で挙げた項目を対応表に落とし込んで、要素の組み合わせを考えながら戦略を練ることができます。
ここでは前のステップで生み出した4つの戦略から実行するものを選びます。
- 戦略
- 戦術
- アクション
を意識しながら選択します。
ここでは後述する「動的TOWSマトリクス」から、時間軸の変化も考慮すると選びやすくなります。
最後に仕上げとして、
- ステップ1〜6に一貫性があるかどうかの確認
- 緊急対応計画(コンティンジェンシープラン)の準備
を行います。
クロスSWOT分析:4つの戦略について
TOWS分析のステップ5で練り上げる4つの戦略について、もう少し詳しく解説します。
WT戦略(ミニミニ:最小化×最小化)
WT戦略とは、弱みも脅威も最小限に抑える戦略です。方法としては、合併、事業売却などが挙げられますが、もっとも避けるべき戦略だとされています。
WO戦略(ミニマキシ:最小化×最大化)
WO戦略とは、弱みを最小化し機会を最大化する戦略です。方法としては、これから伸びる分野の技術を持った会社を買収したり、従業員の育成を行います。機会に対して行動することで、競合他社に機会を奪われないようにする戦略です。
ST戦略(マキシミニ:最大化×最小化)
ST戦略とは、強みを最大限に活用して脅威を最小化する戦略です。例えば、製品の輸出が為替変動によって不利になってきた場合(脅威)、海外に製造工場を作って効率の良い生産を行う(強み)ことなどが該当します。
SO戦略(マキシマキシ:最大化×最大化)
SO戦略とは、強みも機会も最大化させる戦略です。例えば、高品質な製造技術やブランディングに強みを持つ企業が、増加する富裕層の需要に対して(機会)、高価格高付加価値の製品で対応する場合などです。
時間軸を加えた動的クロスSWOT分析

The TOWS Matrix – A Tool for Situational Analysis, Figure 3, Weihrich (1982) より引用
論文には上記のような図も掲載されています。これは時間の経過に合わせて、動的に変化するTOWS分析を表しています。
SWOTまたはTWOSの要素には、
- 時間の経過で大きく変化する物事
- 時間の経過でほとんど変化しない物事
が存在しています。
SWOT分析やクロスSWOT分析は、ある特定の時点での分析でしかありません。そのため時間の変化で大きく変わる要素があれば、動的TWOSマトリックスとして時間の変化も考える必要があります。
- 過去
- 現在
- 未来
のTOWSマトリックスを比較することで、将来の変化も見越した戦略を描くことができます。
クロスSWOT分析のインタラクション・マトリックス

The TOWS Matrix – A Tool for Situational Analysis, Figure 4, Weihrich (1982) より引用
もう一つの特徴的な図は、この「インタラクション・マトリックス(対応表)」です。
上記の図の読み方ですが右上から、
- 「強み1」と「機会1」は対応できる → +(プラス)
- 「強み2」と「機会1」は対応できない → 0(ゼロ)
となっています。
この2つの軸の対応表を作った上で、どの要素を活用するか考えます。
例えば上の図では、「強み1(右端の縦軸)」にたくさん「+」がついています。これによって「強み1」は、様々な機会に対応できるということがわかります。そのため「強み1」を中心にした戦略を考えることが有効になる可能性があります。
また「強み4」と「強み5」を組み合わせれば、「強み1」に相当する強みになる可能性もあります。
このように、
- どの要素を戦略の中心にするか
- どの要素を組み合わせれば良いか
などを判断できるのが「インタラクション・マトリックス(対応表)」のメリットです。
本家クロスSWOT分析の論文を読む
この「The TOWS Matrix – A Tool for Situational Analysis(訳:TOWSマトリックス – 状況分析のためのツール)」という論文は、1982年に学術雑誌「Long Range Planning(長期計画)」にワイリック教授が寄せたものです。
この論文は下記のサイトから無料で全文を読むことができます。
参考 The TOWS Matrix A Tool for Situational AnalysisAcademiaまたサイトで無料の会員登録をすれば、PDFファイルとしてもダウンロードが可能です。
論文の見出しだけを翻訳してみたので、全体像をつかんでもらえたらと思います。
- 状況分析:新次元の戦略立案
- 戦略立案
- 戦略立案のための情報源
- 従業員
- 顧客
- サプライヤー
- ステークホルダー
- 企業プロフィール
- 事業の方向性
- 競争の状況
- 経営者の方向性
- 外部環境:脅威と機会
- 経済的要因
- 社会的・政治的要因
- 製品と技術
- デモグラフィック要因
- 市場と競争
- その他の要因
- 情報収集と未来予測
- 内部環境:弱みと強み
- 経営と組織
- オペレーション
- 財務
- その他の要因
- 戦略の選択肢
- 評価と戦略の選択
- リスク
- タイミング
- 一貫性のテスト
- 緊急対応計画(コンティンジェンシー・プラン)
- 戦略立案のための情報源
- 状況分析のための経営モデル
- TOWSマトリクス:概念モデル
- フォルクスワーゲン へのTOWSマトリクスの適用
- 脅威と機会
- 弱みと強み
- ウィネバーゴ・インダストリー へのTOWSマトリクスの適用
- 脅威と機会
- 弱みと強み
- 誰に戦略立案が必要なのか?
ちなみに「クロスSWOT分析(Cross SWOT Analysis, X-SWOT Analysis)」という呼び方は日本では一般的ですが、このワイリック教授の論文には登場しません。
そのためここでは通称「クロスSWOT」、正式名称「TOWS(トウズ)」という形で取り扱います。
クロスSWOT分析のやり方まとめ
ここまでオリジナルの論文に基づいたクロスSWOT分析のやり方について説明しましたが、
- 単純に4つの要素を掛け合わせるだけではない
- 時間軸を想定した戦略立案が必要
- インタラクション・マトリックスで組み合わせを考える
など、とても興味深い内容になっています。
ここで紹介した内容の他にも、論文の方にはフォルクスワーゲンなどの分析例が載っているので、時間のある方はぜひ目を通してみてください。